世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3744
世界経済評論IMPACT No.3744

トランプ2.0とASEAN:強まる中国の影響

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2025.03.03

 第2期トランプ政権がスタートして一か月半が経過した。立て続けに大統領令を発出しているが,ASEANを直接対象とした政策や措置は打ち出されていない。しかし,ASEANに影響を与える措置が実施される可能性は小さくない。

 まず,懸念されるのは追加関税である。第1期政権時に比べ米国の対ASEAN貿易赤字が大幅に増加したからだ。ベトナムは中国,メキシコに続き第3位の貿易赤字計上国である。ASEAN各国との貿易赤字を合計すると中国に次いで第2位の規模になる。ASEANに対する追加関税は相互関税になる可能性が大きいが,具体的な内容は発表されていない。相互関税導入のための調査は実施されるが,関税だけでなく非関税障壁も対象になる。米国はASEANの輸出では2022年は首位になるなど中国と並ぶ大市場であり,相互関税が導入されると影響が大きい(注1)。

 次に米国国際開発局(USAID)の大幅縮小の影響が懸念される。米国はASEANとの関係を包括的戦略パートナーシップに格上げし,政治安全保障協力,経済協力,社会文化協力,分野横断的協力を実施している。協力の中心になるのはUSAIDであり,ASEANと地域開発協力協定を締結している。協力分野はデジタル経済化,零細中小企業,貿易円滑化,知的財産,電力,EV関連インフラ,海洋協力,人材育成など極めて多岐に亘る。事業の中止がUSAIDだけでなく他の省庁にも波及すれば影響は大きい(注2)。

 トランプ氏は選挙期間中にインド太平洋経済枠組み(IPEF)から離脱すると発言していたが,現在のところ言及はない。IPEFにはASEANから7か国が参加している。IPEFには関税削減など市場アクセスは規定されていないが,サプライチェーンの強靭化,デジタル経済,クリーン経済など新しい分野に取り組んでいる。ASEAN各国はIPEFをTPPから離脱した米国のアジアへの経済的関与として歓迎しており,新しい分野は既存のASEANのFTAを補完すると考えている。また,シンガポール以外の国々は米国からの経済技術協力に期待している。そのため,IPEFから離脱すると大きな失望を与えるだろう。また,TPPの二の舞として米国への信頼を損ねることは確実である(注3)。

懸念される中国依存の深まりと影響力拡大

 これらの事態が起きると,①米国の信頼度が低下する,②中国への依存が強まり影響が拡大する,ことが予想される。

 第1期トランプ政権では米国の信頼度が低かった。ユスフ・イシャク研究所が毎年実施しているASEAN有識者意識調査によると2019年は米国を「信頼する」という回答が27.3%に対し「信頼しない」が50.6%だった。バイデン政権になると一転して「信頼する」が多くなっている。TPPからの一方的離脱,ASEAN関連首脳会議欠席などがASEAN軽視と受け止められたためである。信頼度は「グローバルな平和,安全保障,繁栄とガバナンスのために正しいことをする国か」の評価であり,ガザ所有の主張など国際ルールや人権を無視し,小国を含め関税による威嚇を行い,自国第一外交を繰り広げるトランプ政権に対する信頼は低下するだろう。

 より深刻なのは中国への依存や中国の影響力が拡大することだ。米国への輸出が追加関税により難しくなれば,企業はFTAを締結している中国市場をさらに重視するだろう。ASEANの最大の貿易相手国である中国のシェアはさらに高まり,対中貿易依存度が高まることになる。中国はASEANに対し,一帯一路構想をはじめ極めて多様な経済協力を実施しており,中国ASEANの経済協力メカニズムは200を超えるといわれる(注4)。米国がASEANに対する経済協力を大幅に削減すれば中国への依存が高まり関係が強化されることは避けられない。IPEFからの米国の離脱はTPP離脱と同様に「米国は信頼できない」という見方を強め,中国からの協力への期待を強めることになる。

 トランプ政権のこうした措置は中国と競争するという意図に反して中国の影響力を強化する結果をもたらすと考えられる。これはASEANだけでなく,多くのグローバルサウスの国で起きる可能性がある。

 ASEAN各国は,トランプ政権下の米国への信頼を低下させ,米国への過度の経済的依存をリスクとみなすようになる。そのため,ASEAN各国はEUやRCEP加盟国との経済関係を重視し,グローバルサウスの国々との経済関係強化を進めるだろう。トランプ政権成立前からの動きだが,BRICSへの参加や湾岸協力理事会(GCC)とのFTA交渉などは経済関係の多角化による米国依存の低下を進める意図がある。こうした中で日本はASEANへの協力と連携を改めて強化すべきである。米国がIPEFから離脱した場合(あるいは米国が参加しなくなった場合),TPP同様に米国抜きでIPEFの諸協定を実施し協力をすることが課題となる。また,自由でルールに基づく経済秩序の維持に協力し,ASEANにおける新たな分野を含む協力を積極的に進めるべきである。

[注]
  • (1)相互関税については,「ASEANと相互関税」世界経済評論インパクトNo.3732を参照。
  • (2)米国のASEANへの協力については,石川幸一(2025)「米中対立下のASEAN-均衡戦略の現状と展望」,石川幸一・大泉啓一郎・亜細亜大学アジア研究所編『ASEAN経済新時代 高まる中国の影響力』文眞堂。
  • (3)石川幸一(2025b)「ASEANのIPEFなど米国の地域戦略への期待と展望」,『IPEFなどの米通商政策がビジネス活動に与える影響に関する調査研究』,ITI調査研究シリーズNo.163. 国際貿易投資研究所。
  • (4)ASEANと中国の経済関係,経済協力については,石川(2025a)を参照。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3744.html)

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