世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ASEANと相互関税
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2025.02.17
トランプ政権は2月13日に相互関税の導入に向けた調査を支持する覚書「公正で相互的な計画」に署名した(注1)。トランプ大統領が「目には目を,関税には関税を」と形容した相互関税は相手国が米国から輸入に課すのと同率の関税を課すため相手国の関税を引き下げる効果が期待でき,トランプ大統領の好む取引(ディール)の手段となる。覚書によると,調査対象は,①米国製品に課される関税,②不公正で差別的な税金(付加価値税を含む),③補助金,規制など非関税障壁,④為替操作などである。USTR,商務省が全貿易相手国を対象に調査を行い,相手国との相互的な貿易関係を追求する是正策を大統領に報告する。国務省のファクトシートでは,ブラジル(エタノール),インド(オートバイとMFN関税率),EU(自動車)の事例が記載されている(注2)。
対ASEAN貿易赤字が大幅増
第2期トランプ政権ではASEANに対し追加関税が課される可能性がでてきた。トランプ大統領は,貿易赤字を産業空洞化をもたらす経済や安全保障の脅威として問題視しているが,第1期政権時に比べASEANの貿易赤字が大幅に拡大したためだ。ASEAN最大の赤字相手国はベトナムで2024年は1,243億ドルの赤字を記録し,中国(2,954億ドル),メキシコ(1,714億ドル)に続く第3位となった。ベトナムに続いてタイが456億ドルで世界11位,マレーシアが248億ドルで世界14位,インドネシアが178億ドルで同15位,カンボジアが123億ドルで同18位などASEAN各国は米国の貿易赤字で世界の上位に位置している。対ASEAN貿易赤字額を合計すると2,305億ドルに達し世界2位の規模となる。
ASEANに対する貿易赤字の増加の要因はASEANからの輸入の急増である。対中追加関税が賦課された2018年から2024年までの輸入増加率をみると,ASEANからの輸入は83.6%増加した。一方,中国からの輸入は18.2%減少している。ASEAN最大の輸入相手国ベトナムは177%の増加,タイは98%の増加であり,金額は小さいがラオスは5.6倍,カンボジアは3.3倍の増加である。2024年のASEANの輸入は,カナダに次ぐ第4位の規模であり,アジアからの輸入先の中国からASEANへのシフトが起きている。その背景には,米国の対中追加関税を回避するための中国からASEANへの生産シフトがある。中国からASEANへの製造業部門の投資は,米中対立が起きてから順調に増加しており,2018年の15億6700万ドルから23年には69億6200万ドルへ4.4倍の大幅増となっている。
ASEANのMFN関税-タイ,ベトナム,ラオスなどが高関税
相互関税の具体的な内容は覚書とファクトシートでは明らかにされていない。WTO加盟国が課す関税は,譲許関税,最恵国待遇関税(MFN),特恵関税(FTAなど)の3種あるが,ファクトシートの事例はMFN関税であり,相互関税はMFN関税ベースで調査・検討されると推測される。
ASEAN各国のMFN関税率(単純平均)をみると,タイが9.8%で最も高く,ベトナム,ラオス,インドネシアの順となる。フィリピン,マレーシア,カンボジアは5%台である。工業製品など非農産品の平均税率は,タイ7.1%,ベトナム8.1%,マレーシア5.3%など若干低くなる。高関税品目は共通して農産品(飲料・たばこ,コーヒー・茶・ココア・香辛料など)が多い。ただし,カンボジアの繊維,インドネシアの衣料と輸送機械,マレーシアとフィリピンの輸送機器,ベトナムの衣料と輸送機器など工業製品も含まれている。
輸入額の多い品目は,鉱物・金属,石油,電子機械・機器,機械・事務機器・コンピューター,電子機械・機器,輸送機械,化学などである。総じて平均より低い税率が多いが,輸送機械は多くの国で平均より高くなっている。ベトナムの繊維の最高税率は100%,タイの輸送機械の最高税率は80%と極めて高い税率が課される品目がある。平均税率が低い品目でも30%など高い税率が課される品目があることに留意が必要である。なお,シンガポールは平均MFN関税率が0%,ブルネイは単純平均税率が0.5%,加重平均税率が0.1%である。
なお,米国は単純平均MFN税率が3.3%,加重平均は2.2%であり,非農産品だと単純平均3.1%,加重平均2.1%となる。平均関税率の高い品目は,飲料・たばこ17.6%,乳製品16.8%,砂糖・菓子12.1%,衣類11.7%,繊維8.0%などであり,輸入額の多い品目は石油6.5%(最高7%),化学2.7%(7%),輸送機器3.4%(25%),電子機器1.2%(15%),機械・事務機器・コンピューター1.3%(10%)などである。
中国に対しては,MFN関税に35%の追加関税が上乗せされているが,ASEANには自国のMFN関税と同等の関税が課されるため,品目によるがASEANへの関税のほうが低くなる可能性が大きい。米国への輸出を行っている在ASEANの企業は,まずは輸出品目の自国および米国のMFN関税の確認,および米国が問題視する非関税障壁の確認をしておくことが求められる(注3)。
[注]
- (1)The White House, Reciprocal Trade and Tariff, Memorandum for The Secretary of Treasury, The Secretary of Homeland and Security, The Director of the Office of Management and Budget, The United States Trade Representative, The Assistant to President for Economic Policy, The Senior Counselor to the President for Trade and Manufacturing.
- (2)Department of State, Fact Sheet: President Donald. J. Trump Announces “Fair and Reciprocal Plan on Trade”, February 13, 2025.
- (3)米国が問題とする非関税障壁などについては,USTR(2024),National Trade Estimate, Report on Foreign Trade Barriers. が参考になる。
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