世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
視界不良の日本の金融政策
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.02.10
段階的利上げの先行きは不透明
日本銀行は,1月23,24日に開催された金融政策決定会合において,政策金利である無担保コールレート・オーバーナイト物の誘導目標を,これまでの0.25%程度から0.5%程度へと変更しました。政策金利の引上げは,昨年3月,7月に続くものです。決定会合後の記者会見で植田日銀総裁は,金利水準の正常化を目指して,慎重ながらも段階的な利上げを継続する姿勢を示しました。ただ,実際にはその先行きは不透明なようです。
内閣府の推計によれば,日本経済全体の需要と供給のバランスを示すGDPギャップがコロナ禍後にプラスになったのは2023年前半のみです。直近値である2024年7-9月期には−0.4%であり,需要不足であることを示しています。GDPデフレーターの前年同期比上昇率は,23年7-9月期の+5.6%をピークに,24年7-9月期には+2.4%まで下がっています。結果論ですが,利上げ開始のタイミングは1年程度遅すぎたようです。遅すぎた利上げは,今後の景気に悪影響を及ぼす懸念があります。
為替レートの安定の重要性
さらに,日銀が目標とする持続的な2%インフレが実現すれば,本当に日本経済は安定するのかという疑問もあります。1990年代初頭のバブル崩壊以降,円実効為替レートの変動は日本の景気や物価に大きな影響をもたらしています。経済のグローバル化が進む中,国内物価だけでなく為替レートも,日本経済の安定を維持する上では重要です。
コロナ禍後の日本の景気回復にとって,円安は大きな支えとなりました。その分,金融引締めによる円高を避けたいという意識が日銀に働いたことが,上に述べたように利上げが遅れたことの一つの背景にあったと考えられます。結果的に,円安になかなか歯止めがかからず,輸入物価の上昇を通じて消費者物価を押上げています。2021年12月から直近値である2024年12月までの生鮮食品を除く消費者物価の上昇ペースは,年率3.1%となっています。つまり,日銀のインフレ目標を3年間オーバーシュートし続けています。
金融政策は所得分配に対して中立的ではない
家計可処分所得統計において,家計が企業の従業員や自営業者として働くことで得る所得は,雇用者報酬と営業余剰・混合所得の合計額として捉えられます。その額を家計最終消費支出デフレーターで割ることで実質化すると,コロナ禍後,物価上昇の影響で停滞しています。一方,家計の財産所得は,金融資産や不動産の価格上昇を反映して,名目ベースでも実質ベースでも増大しています。資産残高が多い富裕層にとって有利な状況であり,所得格差が拡大していることが推察されます。
金融政策は特定の部門や階層の利益のためにあるのではないとの見方からすれば,所得分配は金融政策の主たる課題とは言えません。ただ,金利や為替レートの影響は部門や階層によって違う点では,金融政策は所得分配に対して中立的ではありません。少なくとも,格差拡大を助長するような政策運営を長く続けることは望ましくないでしょう。
日本銀行は何を目指すべきか,何を求められているのか。インフレ目標と金利水準正常化の実現の可否に留まらず,金融政策の視界不良は解消されそうにありません。
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