世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3696
世界経済評論IMPACT No.3696

米国の部門別雇用・賃金の構造変化

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.01.20

製造業の就業者比率と相対賃金の低下

 1月10日発表の2024年12月分米雇用統計によれば,製造業就業者数は前月比1.3万人減となり,前年同月比では8.7万人減少しました。民間非農業部門就業者数に占める製造業の比率は,2007年初めの12.1%から第一次トランプ政権発足時の2017年初には10.0%まで低下しましたが,コロナ禍初期の変動を除けば,2020年末まで概ねその水準で下げ止まっていました。しかし,バイデン政権下で再び低下し,2024年末には9.5%となりました。一方,民間非農業部門の週当たり賃金に対する製造業の相対水準は,コロナ禍直前の2019年12月の117.2(民間非農業平均=100)から2024年12月には113.1に低下しています。

 米国経済に占める製造業の比率が低下していることから,製造業の雇用の相対的縮小や賃金の相対的低下の経済全体への影響は小さいと考えられます。ただ,大統領選の決め手となったいわゆるラストベルト州でのトランプ圧勝の背景には,こうした製造業の衰退によるバイデン政権への不満の高まりがあったと考えられます。

AI活用で縮小に向かうホワイト・カラー雇用

 ホワイト・カラーの就業者が多いと考えられる公益事業,卸売,情報,金融,専門・ビジネス・サービスの相対賃金水準は,2007年1月には126.4であったものがコロナ禍前の2019年12月には132.9に上昇した後,コロナ禍の下で一旦下落しましたが,2023年12月の131.9から2024年12月には133.2まで上昇しています。一方,これらの業種の民間非農業部門に占める就業者数の比率は,2007年初から2019年末までは30.6~31.1%の範囲で概ね横這いで推移していたもののが,コロナ禍をきっかけに一旦急上昇しました。しかし,2022年1月の31.7%から2024年12月には30.9%まで低下しています。企業がAIの活用などによってホワイト・カラー就業者を削減し,労働コストを抑制しようとしていることがうかがわれます。ただ,相対賃金水準の上昇基調が足元で高まっていることから,ホワイト・カラーの中で相対的に賃金水準が低い層の雇用が削減され,賃金水準が高くてもAIに代替されにくい高度専門職や経営層が残っていることが示唆されます。

雇用の受け皿となる部門の賃金は低い

 いわゆるエッセンシャル・ワーカーが多いと考えられる運輸,倉庫,民間教育,ヘルスケアの就業者が民間非農業部門に占める比率は,2007年1月の19.9%からコロナ禍直前の2019年12月には23.4%に上昇し,2024年12月には24.6%に上っています。一方,相対賃金水準は一貫して民間非農業部門平均よりやや低くなっています。2007年1月には96.7,2019年12月には95.2,2022年12月には96.0まで若干上昇しましたが,2024年12月には94.5に再低下しました。

 小売,レジャー,接客業の就業者数の比率は,2007年1月の24.9%から2016年後半には25.8%まで上昇しましたが,2019年12月には25.1%へとやや低下しました。その後コロナ禍初期に急減し,そこからある程度回復しましたが,2024年12月には24.1%と,コロナ禍前の水準に戻っていません。相対賃金水準が低く,2024年12月時点でも53.6と民間非農業部門平均の半分強に留まっているため,働き手を十分引き付けられていないようです。

 今後も,経済のサービス化やAI導入が続き,製造業やホワイト・カラーの雇用の相対的縮小は避けて通れそうにありません。社会的ニーズの高いエッセンシャル・ワーカーが多い部門や,コスト面から見てAIやロボットなどに代替されにくい低賃金労働者が多い部門が,雇用の受け皿となりそうです。ただ,こうした部門は製造業やホワイト・カラー部門より賃金水準が低いため,経済全体の平均賃金水準には低下圧力がかかることになるでしょう。また,AI導入の中で生き残ることができる経営者や高度専門職と,それ以外の就業者の間の所得格差は,さらに拡大することが予想されます。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3696.html)

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