世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
三菱ガス化学新潟工場とカーボンニュートラル
(国際大学 学長)
2024.11.04
2024年7月,三菱ガス化学の新潟工場を見学する機会があった。新潟市北区松浜町の海岸沿いに立地する同工場は,三菱ガス化学が推進する「環境循環型メタノール構想」の拠点であり,わが国唯一のDME(ジメチルエーテル)の生産工場でもある。また,原料の天然ガスの調達源となっている隣接する東新潟油ガス田では,今後,CCS(二酸化炭素回収・貯留)の展開も可能である。環境循環型メタノールは船舶用・合成燃料用のカーボンニュートラルな次世代燃料の代表的な存在であり,DMEはLPガスのグリーン化に貢献するものとして最近注目を集めている。またCCSは,GX(グリーン・トランスフォーメーション)を進めるうえでの重要施策である。三菱ガス化学新潟工場は,GXさらにはカーボンニュートラルへ向かう日本社会全体にとって,大きな意味をもつ事業所なのである。
三菱ガス化学新潟工場では,最初にメタノールパイロット装置を見学した。三菱ガス化学は,メタノールに関して資源開発,探鉱・生産から誘導品まで一貫経営を遂行しており,現在,サウジアラビア,ベネズエラ,ブルネイ,トリニダード・ドバコにメタノールの製造拠点を有する。三菱ガス化学の前身である日本瓦斯化学が,近隣で産出される天然ガスを原料にして,新潟工場でメタノールの生産を開始したのは,1952年のことである。これは,日本における最初の天然ガスを原料にした工業的メタノール生産であった。同工場におけるメタノール生産は,71年に日本瓦斯化学が三菱江戸川化学と合併し三菱ガス化学として新発足したのちも継続した。しかし,生産拠点の海外移転にともない,88年に三菱ガス化学新潟工場でのメタノール生産は打ち切られた。
ところが,近年,カーボンニュートラルへの社会的要請が高まったことによって,状況は再び変化した。三菱ガス化学は環境循環型プラットフォーム「Carbopath」を掲げ環境循環型メタノール構想を推進するようになり,それを体現する場として,新潟工場内にメタノールパイロット装置(2016年に合成プロセスの研究開発を目的に建設)の利活用を加速させているのである。環境循環型メタノール構想とは,触媒開発・プロセス開発・プラント運用などの自社技術を活かし,再生可能エネルギー由来の水素を使うことによって,製造したメタノールから排出される二酸化炭素を回収し原料として循環的に利用する構想である。メタノールパイロット装置では,21年に水素と二酸化炭素から,22年にバイオマスやプラスチック廃棄物の利用を想定した模擬ガスから,24年に発酵・嫌気性消化ガスから環境循環型メタノールを製造する実証試験を,相次いで開始した。同社は,これらの環境循環型メタノールを製造技術を,26〜27年にも商業化する予定である。なお,新潟工場で製造されるバイオメタノールは,ISCC PLUSの認証(原材料が持続可能であることを,グローバルなサプライチェーン上で管理・担保する国際認証)を取得済みである。
メタノールパイロット装置で使用する発酵・嫌気性消化ガスは,同じ新潟市北区内にある阿賀野川流域下水道・新井郷川浄化センターから供給される。メタノールパイロット装置の近くには消化ガス貯槽設備があり,見学時には,新井郷川浄化センターからローリーで運ばれてきた消化ガスを貯槽設備に,ちょうど注入していた。
続いて,DME製造装置を見学した。三菱ガス化学は,1965年にDMEのプロセス技術を開発し,2008年には新潟工場で年産8万トンのDME製造プラントを完成させた。既述のように,これは,現在,日本国内で稼働している唯一のDME製造装置である。
原料であるメタノールが環境循環型に変われば,それから作られる製品としてのDMEは,環境循環型のrDME(“r”はrenewable)となる。つまり,三菱ガス化学新潟工場ではすでに,rDMEを製造・出荷できる体制が整っているのである。
rDMEについては,オランダに本拠地を置くSHV Energy(SHV)傘下のFuturia Fuelsが,世界各地でLPガスへの12%混入を進めている。その結果ガス使用時の二酸化炭素排出量が大幅に削減されており,rDMEは,LPガスのグリーン化への橋頭堡として,大いに注目を集めつつある。日本でもrDMEへの期待は高まっており,24年3月に開催されたグリーンLPガス推進官民検討会の第6回会合でも,SHVと三菱ガス化学の代表が招待されて,それぞれの取組みを報告した。
三菱ガス化学新潟工場での見学を終えて,隣接する東新潟油ガス田に足をのばした。三菱ガス化学は,原料を確保するため,前身の日本瓦斯化学時代の1961年から天然ガス開発に取り組み,これまで約100坑に及ぶ井戸を掘削してきた。53年に水溶性ガスの自社開発に成功したのち,59年に構造性ガス田である東新潟油ガス田を発見してからは,石油資源開発(株)と共同で探鉱開発を進めるようになった。東新潟油ガス田で産出される天然ガスは,全量,三菱ガス化学新潟工場で使用されている。井戸の中にはすでに枯渇しているものもあり,三菱ガス化学と石油資源開発は今後,それらを使ってCCS事業を展開することを検討中である。
東新潟油ガス田からさらに足をのばして,車で10分ほどの距離に位置する,三菱ガス化学の完全子会社であるMGCターミナル(株)の新潟事業所に向かった。新潟東港に立地する同事業所は,三菱ガス化学新潟工場の原料の受入れ,製品の積出しの港湾拠点としての役割を担う。MGCターミナル事業所と新潟工場とのあいだには複数の地下パイプラインが敷設されており,効率的な物資のやり取りが行われている。
蒸し暑い夏の1日であったが,三菱ガス化学新潟工場,東新潟油ガス田,MGCターミナル新潟事業所の3ヵ所を訪れる貴重な経験をした。この見学を通じて,カーボンニュートラルの実現に貢献しようとする,三菱ガス化学の強い決意を感じとることができた。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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