世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
投票日まで2週間,米国大統領選挙の現状は…
(関西学院大学 フェロー)
2024.10.28
1)直近の情勢の整理
①僅差,接戦7州の有権者争奪戦。態度保留,或は棄権と見做される有権者(全有権者の内,9%程度)の囲い込み合戦。本稿執筆時点では,ハリス支持率は微減しており,トランプ支持率は微増の状況。譬えれば,ハリス支持は崩れやすい砂の城・トランプ支持は粘着力ある粘土の城と言えるかもしれない。
②双方共に,激戦州の世論調査に一喜一憂一する風見鶏と化している。大衆迎合の度合いが増す一方,その都度に小刻みに打ち出す弥縫的具体策からなる選挙ノミクス経済政策(チップ非課税,残業代課税廃止,商品価格にキャップ,初めて家を買う人への支援等々)。それぞれに異なる立場からのポピュリズム。それらは生活感の漂う提案に収斂気味。
③10月22日現在,接戦7州の全てでEarly Voting実施中。加えて,早期投票制度に従って,既に投票した有権者も多い。両者合して,その数は数百万にも及ぶとか…。現状,事前投票ベースでは,どちらの候補者に有利とは判断できない状況。
Early Votingに絞れば,中西部3州では民主党員の投票が多かった(逆に言えば,投票日当日には共和党票が多くなる可能性大)。対して,サンベルト4州では,民主党員・共和党員の比率はほぼ互角。
④現時点になっても,どちらが勝つか分からない情勢。選挙候補者の優劣を賭けにする市場(Polymarket)では,直近2週間で,トランプ勝利へ賭ける人が急増(50%→60%)。但し,同じ賭け市場でも,専門家同士の意見交換的色彩の強い賭け市場(Metaculus)では,ハリス・トランプは依然50対50。
⑤ジェンダー・テーマが選挙戦の潜在的な争点。(Pew Research Center調査)。
この7月~9月に激戦州で有権者登録をした若手女性(29歳以下)に限れば,民主党支持者が41%,共和党支持者が18%。対して,同じ年齢層の男性有権者登録で観ると,民主党支持者が28%,共和党支持者が27%。ここに見られる現象は,中絶問題に触発された若手女性のハリス支持。
⑥NYT調査では,ハリス支持のヒスパニック票が伸びていない様も浮き彫りになっている(ヒスパニック票は2016年選挙では民主党候補に68%,共和党候補に28%。2020年選挙では民主62%,共和36%。世論調査ベースでの今回の選挙は,民主56%,共和37%)。しかし,4分の1程度は現状でも態度保留,もしくは支持の度合いが弱いpersuadable有権者の段階に留まっている。彼らを,最終的にどちらの候補者が取り込むかも勝負処。彼らは,不法移民に厳しい眼を持っていることから,トランプは不法移民に対する強硬姿勢を依然説き続けている。
⑦米国経済が力強く回復しているにもかかわらず,多くの人が「家計も実生活も思うに任せず,安心感や社会との繋がりが得られていない」と感じている。加えて,めまぐるしい技術革新が人々に「追い立てられ感覚」を生じさせている(FT 27th May, 2024)。そうした米国社会の不安感は,対外面にも関しても同じ。「米国は脅威に直面している」との危機意識が社会の基底に滞留している。
⑧ハリス・トランプ両候補の基本心理は,中国の追い上げに危機感を覚え,“米国第一”に傾斜する点で共通。違いは,対応手段面(同盟VS単独行動で相手との交渉に持ち込む)。尤も,ハリスは中国を名指しで批判はしていない。声高に中国批判を繰り返すトランプと好対照。
⑨内政では,ハリスはトランプの姿勢を「過去追憶的」,自らの姿勢を「未来指向的」と決めつけているが,対外面ではむしろ逆になっている(ハリスの同盟国との協調の姿勢は,過去の冷戦思考の反映。対して,トランプの交渉中心思考【新しい均衡を求めて,如何なる相手とでも交渉する】は新しいスタイル)。
⑩分断社会化を前提に,トランプがその分断を選挙に利用している側面が濃厚。
⑪2年毎に,定員の3分の1が改選される上院では,今回は民主党の改選議席数が圧倒的に多い(民主23人,共和11人)。従い,民主党に不利と観られてきたが,トランプが好調故か有権者の間にSprit-Ticket的行動も見え始めた。つまり,大統領選挙でトランプに票を入れても,上院選では,民主党候補に投票するバランスを取る心理が働く等々。こうした有権者心理が,民主党上院議員候補にどう有利に作用するのかも見所の一つ。
一方,全議席改選の下院は,民主党が過半を制するのではないか,との見通しが有力視されている。
⑫以上のことから,情報リスク管理を本務とするコンサル会社ユーラシア・グループは以下のように予測する(全ての可能性を100と仮定すると…)。
*トランプ勝利の確率55%。ハリス勝利の確率45%。トランプ勝利の下での55%の内訳は,議会両院を共和党が確保する確率が31%。議会両院で優勢な政党が異なる確率24%だとのこと…。
*ハリス勝利の確率は45%が実現した暁に,民主党が両院を支配する確率は14%,対して,民主党が一方の院(恐らくは下院)を制する確率が31%との見通しとのこと。
2)2024年大統領選挙と米国社会
①史上稀にみる大接戦となっている理由は,政党の体質が変質してきているから(共和党がトランプ党化=重厚長大型産業の非大卒労働者の民主党離れ)。つまり,嘗ては有権者のウエイトで言うと民主党が優位だったが,今ではEven。
②米国の産業構造の変化を直裁に反映する激戦7州(中西部3州,サンベルト4州)。80年代のレーガン革命以降の米国の産業構造変化により,米国の社会の仕組みが急速に金融・サービス経済化した。その過程で,株式資本主義化が顕著になった。そこに共和党のレーガン,ブッシュ大統領の減税政策やブッシュJr.政権の提唱のOwnership Society政策などが加わり,それまでの所得格差社会が一気に資産格差社会へ深化した。それが今日の米国社会分断化の根本原因となる激戦7州の様相を生み出した。
こうした中での中西部3州は鉄鋼・自動車産業のメッカであり多数の非大卒工場労働者,所謂忘れ去られた人々が存在してきた。
他方,サンベルト4州は産業構造変化で,ハイテク企業や新興企業が多く立地しリベラル色の強い従業員も同時に流入。労働者不足に呼応してメキシコ国境からの不法移民が更に大量流入。先住ヒスパニック系有権者の「職を脅かされる不安感」の増殖等々に繋がって行いった。
3)米国憲法の定める大統領選挙制度の特殊性との絡みで…。
①大統領は全国ベースで選ばれる唯一のポスト。大統領選挙は,謂わば,選挙人の獲得合戦。上下両院議員合計数相当の535人に,首都ワシントンに割り当てた3人の合計,つまり538人の選挙人(Electoral college)を奪い合う戦い。当否ラインの過半数は270。
②現職の連邦議員は選挙人にはなれない。要するに,州毎に一般有権者投票で,当該州割り当ての選挙人の数を奪い合う。当該州で勝った大統領候補が,当該州に割り当てられた選挙人を総取りする(Winner Take All方式)
③この選挙人獲得合戦で,538票の過半数,つまり270票を取った方が勝ち。現時点で,全米50州中,民主党がブルー州,共和党が多いレッド州はほぼ決まっているので,残された前記激戦7州が文字通りの勝負州。
④CNNが10月7日に予測した両候補の選挙人確保数は,ハリス226人(後44人必要),トランプ219人(後51人必要)。残り必要数を激戦7州に割り当てられている選挙人,即ち,ミシガン15,ウィスコンシン10,ペンシルべニア19(合計44)。ネバダ6,アリゾナ11,ジョージア16,ノースカロライナ16(合計49)からどれだけ勝ち取れるかだ。
⑤ハリスが中西部3州で全勝すれば,270名に達し当選。大接戦のペンシルベニアで負けても,ノースカロライナとネバダで勝てば,トランプに勝てる計算になる。
⑥NPR(National Public Radio)が10月16日に報道した両候補の選挙人獲得数は,ハリス226人で,10月7日のCNNと変わらず。しかし,トランプ側の獲得数は246人(CNN219+27人)。これはCNNでは接戦州と数えられていたアリゾナ(11)とジョージア(16)がトランプ側に傾いている,との判断が加わっているため。
⑦こうしたハリスの伸び悩みを改めてみると,ハリスにとって,副大統領候補にペンシルベニアの人気知事(余りにイスラエルより…)を選ばずに,ミネソタのウオーリズ知事を選んだのは正しかったのか疑問が出てくるはず…。この疑問への答えは,サンベルト諸州で,ウオーリズ副大統領候補の力で,ハリスが選挙人をどの程度獲得できるか否かにかかっているのだが…バイデンの不法移民受け入れ政策などのため,これに抗うヒスパニック系の一部強硬姿勢に転じハリスには想定以上に厳しい現実となっている。
⑧中東情勢,ロシア等の選挙干渉の可能性,ノースカロライナやフロリダを襲った大型台風とその甚大な被害など最終段階で態度保留有権者の判断の激変可能性…
⑨態度保留,或は放っておくと棄権するかもしれない有権者の現状への不満(ガソリン代,家賃,医療費をはじめとする物価高,そして何よりも社会からの疎外感等々)が現政権候補者に向うか,挑戦者に向うか。
⑩中西部三州の動向は?
- ミシガン:州内20万人のアラブ系中東移民による,バイデンの対イスラエル政策の余波ハリスに及ぶ構造あり。
- ウィスコンシン:撤退したロバート・ケネディーへの支持が一定程度あった州,2024年共和党大会が開催された州,直前に狙撃されたトランプが「この州で勝てれば,全てで勝てる」と主張したことも…
- ペンシルべニア:食品物価を筆頭に,経済が最大の争点,人気のある同州知事(明白なイスラエル系)の副大統領候補登用を避けたハリスへの評価は?
⑪サンベルト4州の動向は?
- ネバダ:過去の大統領選挙では民主党が優位。しかし,ハリスの優位はトランプと僅差。両候補の不法移民対策への姿勢の差が,有権者の投票行動にどう表れるか,また同州の失業率はカリフォルニアや首都ワシントンに次いで高く,ヒスパニック系の民主党離れどう響くか。
- アリゾナ:2020年選挙では僅差で民主党を支持。160年続いた中絶禁止州法廃止を巡って,州共和党と州民主党の対立があり,同問題への関心,とりわけ女性の関心が大きくハリスに有利な材料。一方でトランプ傾斜との世論調査結果も。
- ジョージア:アフリカ系黒人有権者数は同州三番目の大きさ。バイデンが候補者だったときには黒人層の多くがバイデン離れを起こしていたが,ハリスに代わってからは変化も見え始めている。また,同州のフルトン・カウンティ検察官がトランプを起訴しており,判決結果に依らず,この起訴が選挙にどう響くか。
- ノースカロライナ:前回選挙では,トランプが圧勝。今回選挙でもトランプ優位だったが,直近では,ハリスの追い上げが目立つ。民主党関係者はハリス勝利の可能性があると判断している模様。
上記⑩,⑪はいずれもBBC情報より。
⑫両陣営とも,激戦7州に重点的に広告費を投入(広告資金は,民主党が圧倒)亦,ハリスは民主党の草の根組織の優位性を最大限発揮して,戸別訪問を実施するほかテレビ広告も大量放映中。対して,トランプは個別有権者向けのチラシ郵送を実施するほかネット広告を重視。
両陣営とも働きかけ対象は態度保留の有権者(激戦7州の有権者の5%程度)。トランプ陣営は更に,従来選挙での投票棄権者(同,4%程度)にも働きかけを強化。この5%+4%の部分に対し,後述のとおりイーロン・マスクがトランプの助太刀を買って出ている。
⑬両陣営とも,態度保留の有権者(にどうすれば自陣営候補者に投票させ得るかに勝負を賭けている。こうした思惑が,専ら生活困窮者向けの救済的色彩の高い政策強調に繋がっている背景だ
⑭この時点で注目されるのがイーロン・マスクの動きだ。彼のPolitical Action Committeeが最近,修正憲法第1条,第2条を支持する請願書への署名人集めへの協力依頼を始めた。曰く「言論の自由と武器保有の自由を守れ」と…。署名人を一人見つければ,「その発見者に47ドル支払う」と…。
そして,当該協力者に対して全く別個に,トランプ陣営が積極的にアプローチする仕組みらしい。47ドルという数字は,トランプに第47大統領になって欲しいとの願いを込めた数字だとしている。しかし,この行為は憲法の条項遵守のための請願であり選挙には何も関係がないとしており,報酬は請願人ではなく,請願候補者を探した人への報酬というのがポイントのようだ。一方でイーロン・マスクは,トランプのために専ら激戦7州の有権者を対象に戸別訪問してくれる草の根ボランティアに時給30ドルを出す案を検討中とも伝えられている。
⑮若者に人気のあるシンガーソングライターTaylor Swiftがハリス支持を打ち出せば,保守派に人気のあるネットインフルエンサーLaura Loomerがトランプ支持を打ち出すなど,Social Medeia の人気者の支持を引出す動きも活発化。
⑯一方,激戦サンベルト3州の態度保留有権者の最大関心は…,トランプに関しては,人格35%>誠実さ8%>性差別感や人種差別感7%>民主主義への脅威7%>職務遂行能力5%>イデオロギー5%>法的訴訟3%等々。
ハリスの関しては,人格17%>イデオロギー(リベラル)15%>経済政策13%>信頼感10%>経験不足10%等々,受け止め方は分裂しているが,有権者は老若男女を問わずジェンダー観の強調を嫌悪するとの世論調査結果がありハリスも自らを女性であることを強調していない(ヒラリー・クリントンの二の轍を踏まない様に)。
4)両候補の打ち出した政策;対立軸比較
ハリスは,原則,バイデン政策を継承VSトランプは第一期トランプ政権の政策を蹈襲する。ハリスはトランプを,「過去の米国の代弁者」と呼び,自らを「未来のアメリカに向けた推進者」と規定。対するトランプはハリスを,「経験不足のリベラル派,無能」と切り捨てる。
対外政策では,ハリスが「多国間主義・同盟重視・法の支配」であるのに対し,トランプは「America First・力による平和」。また外交軸では,前者が「Small Yard , High Fence,ウクライナ支援,パレスチナに同情),であるのに対し,後者が「対中強硬姿勢,ウクライナ和平交渉,イスラエル支持」と整理できる。
一方,国内施策の重点対象では,ハリスが「ミドルクラス,女性・マイノリティー・若者」であるのに対し,トランプは「非大卒労働者層,富裕層・宗教保守派・反リベラル」となっている。
経済政策を見てみると,連邦政府の機能を最大限活用する点では両者に差はない。その上で。ハリスは年収40万ドル以上に増税,大企業に増税,Opportunity Economy(生活費抑制,起業家支援,次世代産業育成で中間層底上げ)を強調。具体策としては,中間層減税,児童税額控除の拡大,住宅取得補助,起業時の税優遇,企業資金確保に向けた支援,バイオ,AI,航空宇宙,量子コンピューティング,ブロックチェーン等の次世代産業拠点づくり等々を重点投資分野と定め,それら分野への投資に,税優遇を与えるため,America Forward税制を新設する他,トランプの外国製品への大幅な関税賦課には反対(労働者家計への課税)。
一方,トランプは,大統領時代に制定したトランプ減税の恒久化,パリ協定からの再離脱,Manufacturing Renaissance(製造業拠点と雇用を米国に回帰させる),金融政策に大統領権限で介入できる余地を創る等々を掲げている。具体策としては,国内回帰した企業への法人税減税,外国からの輸入品への大幅な関税賦課(10~20%)対中国には更に高率の関税を賦課(自動車へは100%関税),国内回帰する企業向けの特区構想などがある。
社会課題に対する政策では,ハリスは処方箋価格引き下げの実績を掲げるとともに,自らが検事出身であることから裁判で告訴されているトランプとの違いを強調。また銃規制の強化を掲げる。環境問題では再エネ,EVの促進。しかし,化学物質を含む高圧水を使用したシェールガス・オイルの掘削方法であるフラッキングについて,これまでの反対姿勢を大幅に後退(ペンシルべニア対策)させた。他,自宅を購入への補助や食品価格の上昇にキャップを被せる措置の導入なども示唆しており,いずれも激戦州を意識したものとなっている。
他方,トランプは,麻薬カルテルの撲滅,強盗への強い取り締まり姿勢。修正憲法第2条(武器保持は憲法上の権利)の支持(全米ライフル協会との蜜月関係)を表明するほか,バイデン政権のEV促進を批判(自動車労組対策),北極海での原油・天然ガス埋蔵地底探査の支持(エネルギー業界対策)を掲げている。
これら両候補が打ち出している政策から想定される財政赤字幅について第三者機関が行った予測では,3段階の中位のケースで,ハリスの場合2034年度までの累計財政赤字増加額は3.5兆ドル。対して,トランプは7.5兆ドルにも達する見込みだ。
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