世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
iPhone16の繁忙期:富士康鄭州工場2週間で5万人採用
(九州産業大学 名誉教授)
2024.09.23
中国のメディア「時代財経」は,「富士康(鴻海の中国法人)が僅か2週間で5万人を採用した」と報じた。毎年8~12月はiPhone出荷の最盛期であり,富士康もiPhone16が量産体制に入ることから繁忙期を迎える。今年の7月に人材紹介業者が動き出し,求人メディアやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の求人欄に富士康鄭州工場の求人情報が掲載されたと言う。本稿は前掲の拙稿「なぜ富士康鄭州工場は従業員募集を再開したのか」(No.3541)の続編である。
当初,富士康鄭州工場の公募条件は臨時労働者で時給25人民元,3カ月以上勤務した場合,7500人民元のボーナスを支給すると言うものであった。その後,『毎日経済新聞』(8月11日付)では,人材紹介業者は,時給を26人民元に引き上げたうえ,「新型コロナなど伝染病感染者,入れ墨のある者,前科者,傷害事件による大きな傷跡のある者を除く応募者の90%が採用されており,要求の水準は厳しくない」と報じた。
中国のSNSに「股市短線張少軍」というインフルエンサーが寄稿した内容を見ると,「富士康の大量採用には,中国の抱える課題とその対応策が表れている。すなわち,①失業率が高く,若者は求人があれば殺到する。②特に地方では,就業機会を増やし,社会を安定させ,政府の税収に貢献できる富士康のような大企業が求められている。③14億人口を抱える中国では,すべての人が半導体産業に関わることはできない。ある人はネジ製造や炭鉱の労働者として働くことが求められる。人口大国にはいわゆる“ローテク産業”から“ハイテク産業”まで多くの産業が必要である。④過去,メディアは富士康を“ブラック企業”と呼んだがそれは間違いだ。待遇が合理的であるが故,多くの若者が求人に殺到した。⑤法律で認められる範囲での協力こそが,Win-Winの成果を生み出せる」と富士康に対し好意的に述べている。
同様に,他のインフルエンサーも,若者の大量失業が深刻な事態になっている中で,富士康の人材の大量募集について,創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)への感謝を示めすものがある一方,別のインフルエンサーは,「富士康はインド,ベトナムでの事業がスムーズにいかず,再び中国に戻ってきた」と嘲笑するものもあった。
こうした論調に対し,中国の有力経済誌『財新』は,「今回の富士康の人材募集は繁忙期に対応するためのものであり,ネットで流れたようにインドでの製造が上手くいかず,中国に回帰したという見方は間違いである。毎年9月はアップルの新型スマートフォンが発売される。そのため,アップルの主要なEMS(電子製造サービス)企業である富士康の製造現場は,8~12月の間に繁忙期を迎える」としている。
今年7月,富士康の劉揚偉会長と河南人民政府が「新事業項目協力協議加速推進」と銘打つMOU(基本合意書)に署名した。富士康は鄭州に10億人民元を投資し,新事業本部ビルを建設する。この情報が流れると,中国のSNSでは「富士康が中国に戻ったことで,インドは泣きを見た。やはり富士康は中国から離れられない」とする投稿が見られた。
しかし,河南在住のSNSインフルエンサーは「ミスリードしてはいけない。富士康の鄭州への再投資は事実だが,電気自動車(EV)を製造するためのもので,これまでのスマートフォン製造の拡張でない」と指摘した。EV製造に要する労働者の数は,スマートフォン製造に要するそれには及ばない。中国最大EV製造企業の比亜迪(BYD)が鄭州で土地2万畝(約1333ヘクタール)の工場を建設したが,雇用する労働者は富士康鄭州工場の3分の1にも満たないという。
「智谷趨勢」(8月10日付)は,「アップルのサプライチェーンの攻防戦が始まった。アップルの部品サプライヤーは積極的にインドに投資し,輸入コストの削減に努めている」と伝えている。さらに,『フィナンシャル・タイムズ(FT)』と『ボイス・オブ・アメリカ(VOA)』は,「アップルはiPhone16用バッテリーをインド市場から調達するようにESMに求めた。インドのタタ・グループは,iPhone用筐体工場の生産能力を2倍に拡大する予定で,新工場を2024年末に完成させる。また,来年に製造するiPhone17に対応するため,5万人の労働者を雇用する」と報じた。
そのほか,昨年8月にはインドのカルナータカ州で,富士康がアプライド・マテリアルズ(AM)と協力して6億ドルを投資し,iPhone筐体工場と半導体装置製造工場を立ち上げることが報じられた。
アップルの「China+1」による脱中国の動きは,中国における同社のサプライチェーン150の企業と259の工場で働く1千万人を超える労働者の生活と生計に大きな影響を及ぼしている。最盛期に35万人の労働者を雇用し,スマートフォンを生産していた富士康鄭州工場は,2023年にはわずか6~7万人にまで縮小している。失職した20数万人の労働者は,他の都市に流出した。また,富士康鄭州工場周辺の部品企業や飲食店などが需要の急減で破産し,それらの従業員も含め,河南省の1年間の流出人口は,人口1143万人を擁した海南省の1.5省分(約1500万人)とも言われる。
[参考文献]
- 朝元照雄「なぜ富士康鄭州工場は従業員募集を再開したのか」世界経済評論Impact No.3541,2024年9月2日。
- 朝元照雄「なぜ富士康は中国生産から撤退するのか:生成AI機能搭載,生産拠点の移転」世界経済評論Impact No.3481,2024年7月8日。
- 朝元照雄「“富士康(フォックスコン)が本当に逃げた!”:中国人論者が語る“富士康後遺症”」世界経済評論Impact No.3488,2024年7月15日。
- 朝元照雄「中国からの撤退“It’s Moving Time”:台湾企業対中戦略の変化」世界経済評論Impact No.3253,2024年1月15日。
- 朝元照雄「“赤いサプライチェーン”は台湾企業を代替するのか:ブルー・オーシャンを追求する台湾企業」世界経済評論Impact No.3266,2024年1月22日。
- 朝元照雄「“春江水暖鴨先知”から“寒江水冷鴨先知”:“Chiwan”から脱中する台湾企業」世界経済評論Impact No.3283,2024年2月5日。
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