世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
アップルのサプライチェーン戦略転換と多極化の現状
(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)
2024.09.02
地政学的リスクや新型コロナウイルスの影響を受け,アップルは中国に依存したサプライチェーンを見直し,多極化を推進している。特に東南アジアやインドへのシフトが進む中,中国企業の新たな動きが注目される。サプライチェーンの変革を進めるアップルの戦略とその背景を,同社が2012年以降,公表しているサプライヤーリスト(注1)から読み解く。
中国集中のリスクとその背景
アップルは長年にわたり,サプライチェーンを中国に集中させてきた。これは主にコスト削減と製造能力の高さを求めた結果である。フォックスコン(鴻海精密工業),ペガトロン(和碩聯合科技),ウィストロン(緯創資通)などの台湾系EMS(電子機器受託製造サービス)企業は,アップルの主要製品であるiPhoneやMacの組み立てを担い,中国各地に広大な製造拠点を展開している。たとえば,フォックスコンの鄭州工場は,iPhone生産の約8割を占める重要な拠点であり,その規模の大きさと効率性は他に類を見ない。
しかし,2022年に中国で発生した新型コロナの拡大防止を狙った都市封鎖は,集中戦略のリスクを浮き彫りにした。特に鄭州工場は,ゼロコロナ政策を受けて外部と隔離する「バブル方式」で生産を継続していたが,賃金の支払い遅延や過酷な労働条件に対する抗議デモが発生し,暴力的な衝突に発展する事態となった。この封鎖の影響で,アップルはiPhoneの生産に深刻な支障をきたした。この経験を通じて,アップルはサプライチェーンの多様化が不可欠と再認識するに至った。
東南アジアとインドへのシフト
このリスクを軽減するために,アップルはEMS企業に対して,製造拠点をベトナム,タイ,インドなどに分散するよう求めた。その結果,ベトナムの拠点数が2017年の12カ所から2023年には35カ所に増加している。これはベトナムが,中国に近接しており既存のサプライチェーンに統合しやすいという地理的利点を持つためである。また,ベトナム北部ではサムスン電子の進出が後押しする形で,エレクトロニクス分野の産業集積が進んでおり,結果として,アップルの製造拠点としても重要性を増している。
インドにおいても,同様のシフトが見られる。インドでは,フォックスコンやウィストロンが既にiPhoneの組み立てを開始しており,製造能力の拡大が進められている。インドの拠点数は,2017年の3カ所から2023年には14カ所に増加しており,製造能力の拡大が進んでいる。
中国のサプライヤーと多極化のジレンマ
一方で,中国のサプライヤーの存在感は依然として強い。アップルのサプライヤーリストによれば,2017年頃までは米国,台湾,日本が主力であったが,徐々に中国のサプライヤーが増加,2023年にはアップルのサプライヤー187社のうち44社が中国に本社を構えている中国企業となり,国・地域別で最大となった。中国企業の技術力と競争力が向上しており,中国企業がアップルの製造において重要な役割を果たしている。
アップルのサプライヤー数は,2017年の202社から2023年には187社に減少した。しかし,これら企業の製造工場の所在地を数えた(同一国・地域に複数の工場がある場合も1とカウント)ところ,この間に382カ所から470カ所へと大幅に増大,調達先が多様化している。
実際,アップルの全製造拠点数に占める中国の割合は2017年の41%から2023年には33%に低下した。しかし工場数自体は157カ所で変わっていない。中国の製造拠点は依然としてアップルの製品製造において不可欠な要素であり,多極化の中でも中国との関係維持が同社にとって不可欠であることを示している。
中国企業によるベトナムへのシフト
特筆すべきは,ベトナムにおける製造拠点のシフトで主導的役割を果たしているのが中国企業である点でる。2017年にベトナムでアップル関連製品を製造していたのは12拠点に過ぎなかったが,2023年には35拠点に拡大している。そのうち,中国企業の拠点は2017年の2カ所から2023年には12カ所に増加した。これにより,アップルに供給しているベトナムの製造拠点の約3分の1が中国企業によって運営されている。
台湾EMSの「チャイナ・プラスワン」戦略に呼応し,中国企業も自ら製造拠点をベトナムにシフトしている。この動きは,中国企業が自国のリスクを軽減し,アップルのサプライチェーン全体において多極化を支える重要な要素となっている。中国企業のベトナム進出は,サプライチェーンの多様化と安定性を保つ上で不可欠な戦略となっており,今後もその傾向は強まるとみられる。
アップルのサプライチェーンの多極化戦略は始まったばかりである。中国への依存度を東南アジアやインドへのシフトを通じて,アップルは地政学的リスクや供給網寸断のリスクなど不透明感に対処しようとしている。しかし,その担い手の一角は中国企業である。
[注]
- (1)同リスト掲載企業で,2023年度の全世界におけるアップル製品の材料,製造,組み立て費用額の98%に相当する。2012年版のリストでは調達企業名のみ公開したが,2013年以降は調達企業名に加えて,その国内外の工場所在地を公開している。
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