世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
民主党大会後の米国大統領選挙の動向
(関西学院大学 フェロー)
2024.09.02
2024年米国大統領選挙の,民主党の正・副大統領候補を決める党大会が8月19日(月)~22日(水)にかけて,イリノイ州シカゴで開催された。
大会直前に,高齢のバイデン大統領がレースから降り,代わりに59歳のカマラ・ハリス現副大統領が大統領候補になることが決まったことで,それまで,まるで「死の行進のようだ」と揶揄(NYT8月9日)されていた民主党内の落ち込んだ空気は一転,ダンス・パーティーのような熱狂が会場を覆いつくす党大会へと急変した。
こうした中,民主党は挙党して,候補者ハリスのイメージ浮揚を図り,関係者総出の一大イベントを遂行。亦,「排除ではなく団結を…」,「過去ではなく将来志向を…」といった前向きの姿勢を前面に出し,トランプ政権時代に要職を担った共和党関係者数名を演壇に登らせる等々,“Us Versus Them”の対決姿勢を強調する共和党トランプ候補との違いを鮮明にする戦略を打ち出した(政策よりはむしろ姿勢として)。
これに先立つ7月15日(月)~18日(木)には,共和党の全国大会もウィスコンシン州ミルウォーキーで開催され,その場では,直前の狙撃事件をかいくぐって壇上に立ったトランプ候補の雄姿を前面に打ち出し,「米国を再び偉大な国に…」(Make America Great Again)のスローガンを強調し,これまで通りの対決調の臨戦態勢を肯定・是認していた。
だが,共和党にとって,民主党候補の差し替えは,恐らく想定外だったのだろう。対戦相手の急変で,世論調査での選挙情勢の変調が顕著になり,ハリスにどう対応するかを巡って,トランプ陣営の選挙戦術面で相当大きな混乱が生じた模様。
米国のリスク管理会社ユーラシア・グループの情報では,トランプ候補は,これまで選挙戦を仕切ってきたトップ2人の上に,2016年の大統領選挙を仕切ったコーレイ・ルワンドスキーを選挙対策委員長とするに組織の指揮系統変更に着手したという。もし事実なら,ルワンドスキ-が仕切った選挙戦の先例を見る限り,あと70日余を残した今回選挙戦に於いても,トランプ陣営からは,一層厳しい,或る意味では一層汚いレトリックが,民主党ハリス候補に投げかけられる様相が濃くなってきたように思われる。
次の見所は9月10日のABCニュース主催のテレビ討論会。適用されるルールも,恐らくトランプ対バイデン時に決まったものと同じになると思われるが,余す時間が限られる状況下,この討論会が文字通りのハリス対トランプの天王山となるはず…。
ハリスを激しく攻撃・非難するトランプを相手にせず,テレビの前の全有権者の抱合と未来志向を強調するハリス,しかし,そんな姿勢を許さず,目の前の自分を相手とせよと迫るトランプ,そんな極端なやり取りさえイメージさせるが,今後,ハリス対トランプの選挙に於いて何がポイントとなるか,筆者なりに気付きの8点を指摘してみたい。
①民主党ハリスと共和党トランプの選挙の戦い方の違い
極論すればトランプは,既存共和党の組織を実質乗っ取った形で,共和党内の選挙マシーンを動かすに至っている(責任者に親族を充てたり,共和党の選挙資金を己の選挙資金と混同したり,選挙組織に新たに人を雇う場合には,トランプへの忠誠を条件としたり等々)。更に,先のバイデンとのテレビ討論会でも,党内での十分な討論準備を経たとは言えない,自分流を押し通した。あくまで己のやり方,己の価値観に従って,傍目から観て,臨機応変のワン・マン・パーフォーマンスのトランプ流を貫いている。それは,言換えれば,論争相手のバイデンの弱点をトランプが見抜いていたからだろうが…。
これに対して,党大会後の民主党側は,ハリス自身の選挙運動組織に加えて,民主党組織そのものが,今や全面サポートの体制を採り,今後の選挙に臨み始めている。
前々回コラム(No.3516)でも触れた通り,この7月末から8月にかけて,ハリス陣営は,自身の選挙組織の大幅な改組に踏み切っており,党大会を経た今日では,その新しい組織の機動力や,民主党各組織の活動ぶりは活発の度合いを増してくるはず…。一例を挙げると,党大会二日目の8月20日,ハリス陣営は,シカゴでの民主党大会と並んで,80マイル離れたウィスコンシン州ミルウォーキーでも,大規模な集会を開催した。同日の同時刻に,前者2万3000人,後者1万5000人の大動員に成功している(ハリス・ウォルツの正副候補は,前日に大会初日のシカゴに,当日はミルウォーキーにと,飛び回った)。
何故ミルウォーキーだったのか…。ミルウォーキーは2020年大統領選挙の際,民主党大会を予定していたがコロナ禍で大会がバーチュアルに変更された。つまり大規模集会という意味ではスキップされた場所だ。そして今回選挙では,決して落としてはならない激戦州の一つ。更に,共和党が全国大会を開きトランプを正式に党候補と決めた場所である。
そのウィスコンシンの,共和党大会を開いた同じ会場で,ハリス陣営と民主党組織は,党大会に匹敵する会合を開き成功させてみせた。つまり,この種の,ハリス選対組織と民主党の組織との連動が,今後も一層幅広く行なわれることになるはずと見るべきだろう。
②トランプは過去回帰型,ハリスは未来指向型
このレッテル張りが民主党側によって加速されていくだろう。同時に,トランプ側がハリスへの個人攻撃を強める度合いに応じて,ハリス側からのトランプへの個人攻撃も激しくなるはず…。こうした状況下,トランプ側は,ハリス候補にもっと具体的な政策を示すよう強く要求する姿勢が出てくるだろう。事実,ハリス側が打ち出している政策には,意図的に,内容の詳細に触れないケースが多い。打ち出す政策が具体的になればなるほど,それで既得権益を侵される層も増える道理なのだから…。
トランプ陣営は,充分に具体的政策を打ち出していると強調,ハリス側にもそれに応じた具体的(それ故,有権者の反対を導き出しやすい)政策を出すよう強く主張してくることになるだろう。政策の具体性欠如批判には,ハリス側からも,対応努力を示す動きが見え始めている。例えば,トランプ陣営が打ち出した“忘れ去られた人々”向けの個別具体策を,そっくり取り入れたような,トランプ側から観れば争点潰しのような諸主張を打ち出し始めたからである。(例えば,レストランなどで,客が支払うチップへの連邦税を廃止する等々,トランプ側が言い始めたのを,ハリス側が真似して取り入れた格好。亦,ハリス陣営が,低所得者が住宅購入しやすいような税制の改革を打ち出したのも,そうした例の一つとなるだろう)。
③ハリス支持率の高まり
8月22日時点で,Five Thirty Eightが纏めた,両候補の全米規模での支持率は,ハリス47.2%,トランプ43.6%。これには民主党大会終了時の熱気は盛り込まれていないので,1週間ほど後に出る数字では,ハリスの優位がもう少し高く出る可能性がある。下記の激戦7州の支持率数字についても同じことが言えるだろう。
ポリティカル・ワイヤー社の示唆する,選挙人獲得数では,8月22日時点で,ハリス226,トランプ235となっている。一方,NYT系の見立てでは,ハリス226は同じだが,トランプは219に留まっている。違いは,ノース・カロライナでの見立て。NYT系は,ノース・カロライナでは,有権者のトランプ傾斜の勢いが失われ,現状は文字通りの激戦州に戻ったとされるが,ポリティカル・ワイヤー社の方では,同州はトランプに傾斜と見做されたまま。同州の割り当て選挙人16名が,予測の数字を異ならしめているのが原因だ。
本稿では,ポリティカル・ワイヤー社に基づく予想に準拠しておくが,それによると,当選のための選挙人270名獲得までに不足する数は,ハリス44名,トランプ35名。NYT系の見通しでは,ハリス44名に対し,トランプは51名となっている。ポリティカル・ワイヤー社予測による限り,依然としてトランプが僅差で優位に立っている。
ポリティカル・ワイヤー社の,激戦7州の支持率は以下の通り。
- 中西部3州 ハリス トランプ
- ウィスコンシン(10名) 49% 45%
- ミシガン(15名) 48% 46%
- ペンシルべニア(19名) 48% 47%
- サンベルト4州 ハリス トランプ
- ノース・カロライナ(16名) 46% 47%
- ジョージア(16名) 47% 48%
- アリゾナ(11名) 46% 45%
- ネバダ(6名) 45% 46%
- 注:ネバダ州は8月17日現在,ノース・カロライナ州は8月22日現在,それ以外は8月19日現在の数字。括弧内は大統領選挙人の当該州への割り当て人数。従って,ハリスが中西部3州を全て制すると,当選。仮に,ペンシルベニアを失っても,替わりにノース・カロライナとネバダで勝てれば,当選と言う計算になる。
④それでもトランプ陣営はハリスの支持率低下を見込む
ハリスの支持率が,伸びているのは,トランプ陣営に言わせれば,「正式の候補の座を得て未だ日にちが浅い故の,謂わば,ハネムーン期にあたるため」で,今後日を追って,ハリスが何者であるかを有権者が認識するようになれば,支持率もいずれ低下するはずだとのこと。
⑤トランプの支持率は一定を維持
ハリスにとっての問題は,上記指摘の他にもある。それはトランプの支持率が上向いていない反面,減ってもいない点である。トランプがどんなに暴言を吐き,どんなに嘘をついても,上述のとおり全米での支持率が43.6%もあり,この数字が大きく減らない点こそがハリスにとっての最大の脅威と言うことになる。
トランプは,大統領時代にまで遡っても,さして高率の支持を得たためしがない。常に支持率は30%台の後半から40%台の前半に留まっていた。そして,その支持率を支えていた有権者層が,いつの間にかトランプの岩盤支持層に変質しているのだ。では,何故,その支持率が岩盤化したのか。トランプは初当選した選挙戦で,中西部の自動車や鉄鋼など嘗ての米国の主要製造業で働いている人達に向って,中国などとの不公正な競争によって,米国の職が奪われていると強調してきた。こうした論理は単純なだけ,被害者意識を持っている人達には受け入れられ易い。更に,トランプは指摘するばかりではなく,対中高関税の賦課など,実際の施政でも選挙公約を守り続けて,その主張や実行の行き着いた先が,今回選挙時に多用される,MAGA(Make America Great Again)のスローガンと言うわけだ。
トランプの岩盤層を構成している有権者達の眼から見れば,トランプは言ったことは実行する,そんじょそこらの政治家とは別格なのだ。トランプから観れば,その彼らが,大統領時代からずっと自分を支持し続けてくれている。だから,「自分に良くしてくれた人には,こちらからも良くする」(トランプ自伝からの抜粋)となるわけだ。
ハリス民主党にとって,真に問題なのは,こうした有権者は,元々,民主党の支持基盤だった点だ。それがいつの間にか,トランプ流の“忘れ去られた人々”の概念の普及と共に,そっくりそのままトランプ党の中核となった。この岩盤支持基盤を持つトランプは,“従来と異なる支持基盤を持ち込んで,共和党の体質を変質させ,党勢を拡大した指導者”として,共和党内での影響力を強めることができたのだ。
⑥所得・資産の格差拡大と社会の分断
トランプの支持基盤の岩盤化には,米国社会の変質が関係しているように思われる。それは巷間指摘される,米国社会の分断である。
米国での所得格差は周知の事実だが,1980年代以降,その格差が所得面から資産面に急速に拡大した。背景にあるのが金融・サービス分野の発展である。新しい金融商品が続出し,ITC絡みの企業が数多く創出され,それらが競って株式や証券を発行し,加えて金融商品の証券化技術が発明されるなど,米国社会に金融商品が満ち溢れるようになった。高所得層は金融商品を買いあさり,かつ,政府は裕福層の所得税率を引き下げた。その結果,社会の格差が所得面から急速に資産面にまで拡がり,現在の社会分断を助長した。トランプは,こうした抑圧された社会の下層に属する有権者の支持を集めているのだ。
⑦それぞれの支持層の性質の違い
上述のような現状を観ると,今回大統領選挙でのトランプ支持層とハリス支持層の“性質の違い”といったようなものが浮かび上がる。前者は,謂わば,粘土質で粘着性が強い。後者は,謂わば,砂のようで崩れやすい。言換えると,トランプの本拠は粘土の城。ハリスの本拠は砂の城。トランプが砂の脆弱性に,ある種の確信を持っている所以である。
⑧トランプの意志で変化自在の共和党陣営
いずれにせよ,ハリス登場で,トランプ陣営はこれまでとは異なった状況に置かれることになっているわけで,そうした事態が,先ごろ選挙戦からの離脱を表明した第三の候補ロバート・ケネディーJr.をトランプ陣営に抱き込むの動きになるのも,上記①や⑥等で指摘したとおり,トランプの考え方一つで共和党が,容易に選挙運動を変えられる点を考慮すれば,分かり易い道理であろう。
関連記事
鷲尾友春
-
[No.3612 2024.11.11 ]
-
[No.3604 2024.11.04 ]
-
[No.3601 2024.10.28 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]