世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3518
世界経済評論IMPACT No.3518

マメ科植物と根粒菌の共生の主要課題である窒素

本山美彦

(京都大学 名誉教授・国際経済労働研究所 所長)

2024.08.12

窒素--「窒息させる」という名を持つ元素

 体積による大気の構成比を見ると,窒素ガス(N2という窒素分子)78%,酸素ガス(O2という酸素分子)21%と,この2種の分子だけで,大気のほぼすべて(99%)を占めている。現時点での既知の元素数は,118もある。ところが,わずか2つの元素が大気を独占しているのである。

 圧倒的な存在感があるのに,多くの国では,窒素に芳しくない名称を付けている。これは,窒素を人間が思うように利用できないからであろう。

 フランス語では,窒素は「生命を保持させない」物質という意味の語源を持つ‘azote’(アゾート)と名付けられている(注1)。

 名付け親は,「質量保存の法則」(law of conservation of mass)で有名なフランスの科学者,アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ(Antoine-Laurent de Lavoisier,1743~94年)である。窒素のみの世界に閉じ込めれば,生物は生き延びるがことができない。この事実を強調することから,ラヴォアジエは,窒素の特異性を説明しようとした。そこで彼は,フランス語の否定接頭語である(a-)と,「生きているもの」に対応するギリシャ語(zote)とを組み合わせた新造語の‘azote’を窒素名にしたと言われている(注2)。

 ドイツ語でも,窒素の名は「窒息させる物質」の意味から来ている。窒素のドイツ名‘Stickstoff’(シュティクシュトフ)は,‘Sticken’(シュティッケン,窒息させる)と‘Stoff’(シュトフ,物質)とを組み合わせたものである。日本語の「窒素」は,これを訳したものである(3)。ちなみに,窒素の英語名は‘nitrogen’(硝石の基という意味)である。科学的には,この英語名の方が窒素の危険な性質を言い当てている。

 ニュートン力学のような物理の分野で大きな進歩を見せた17世紀のヨーロッパでも,元素の発見は皆無に等しかった。元素が発見されるようになったのは,18世紀も後半になってからにすぎない。

 水素(hydrogen,水の素の意味を持つ)は,1766年に,英国のヘンリー・キャヴェンディッシュ(Henry Cavendish,1731~1810年)によって発見された。

 酸素(oxygen,酸っぱくさせるものという意味)は,1771年に,スウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレ(Karl Wilhelm Scheele,1742~86年)が発見した(注4)。

 18世紀後半は,抽象的な科学を実際の生活の健康に応用させたという思いが,研究者たちの心を捉えていた革命的な時代であったと見做してもよいだろう(注5)。

植物は,頑丈な構造を持つ窒素化合物の摂取が困難

 動植物の体は,「アミノ酸」(amino acid)を基礎とする「タンパク質」(protein)で構成されている。アミノ酸には必ず窒素原子が含まれていることを見ても想像できるように,窒素は,動植物にとって必要不可欠な元素である。

 ところが,空気中にふんだんあるこの窒素を,動物は呼吸によって取り込むことができず,食べ物によるしかない。植物は,根から吸収した水分と窒素を含む栄養素によって,光合成を行い,自らが消費しやすい「炭水化物」(carbohydrates)の一種である「デンプン」(starch)を生成する。しかし,空中と違い,「土壌」(soil)に含まれる窒素の量は多くない。

 「窒素化合物」(nitrogenous compounds)の分子の多くは,数個の原子がそれぞれ電子を出し合って結びつく「多重結合」(multiple bonds)という構造を取っている。この結合構造を持つ分子は,異なった種類の他の分子によって破壊されにくい。高い温度で燃焼させるなどの手段を用いて,この結合さえ破ることができれば,「アンモニア」(ammonia)などの「窒素酸化物」(nitrogen oxides, NOx)が生成される。この窒素酸化物ならば,植物もそこから窒素を摂取することができる。雷の膨大なエネルギーによって生成される硝酸酸(HNO3))からも植物は窒素を摂取できる(注1と同じ)。

 自然界で,雷以外で硬い窒素化合物から窒素を分離できるのは,土壌の中の「微生物」(microorganisms)だけである。動植物にはできない。

 微生物とは,文字通り,人間の肉眼では見えない極小の生物の総称である。「細菌」(bacteria),「カビ」(mildew),「藻類」(algae)などが微生物に属する。細菌としては,「乳酸菌」(lactic acid bacteria),「納豆菌」(natto bacteria),「麹菌」(koji mold)などがある(注6)。

 動植物の,体内とその周辺には,無数の微生物が生息している。微生物は,空気中にも土壌の中にも生息している。

有機物を分解して無機物にする土壌の微生物

 様々な土壌の微生物が,植物や動物の排泄物や死骸などの「有機物」(organic matter)を,入れ替わり立ち替わり分解し,植物が摂取しやすい「無機物」(inorganic matter)(注7)に転換している。

 微生物に頼って安全に成長する植物の典型例が「マメ科植物」(legume)である。マメ科植物は,自己の成長を支えてくれる「根粒菌」(root nodule bacteria)と共生している。それも1対1の関係にあるという密着ぶりである。根粒菌もまた,マメ科植物としか共生しない。

 根粒菌というのは,マメ科植物の根にくっ付いている多数の小さな瘤(根粒)の中に潜り込んでいる「土壌細菌」(soil bacteria)である。

 根粒菌は,宿主の植物の体内(細胞内)には決して入り込まない。そして宿主に養分(イオン化された窒素)を渡し,宿主からは光合成の成果(糖類などの炭水化物)を得る。そうした役割を担う根粒は,「共生根粒」(symbiotic root nodules)と名付けられている。

 根粒菌との共生が開始されるには,まず宿主の植物が共生相手となる根粒菌を認識しなければならない。宿主の植物が,自分の根から「フラボノイド」(flavonoids)を土壌の中に放出する。

 フラノボイドの具体例としては,ブルーベリーの「アントシアニン」(anthocyanin),ソバの「ルチン」(rutin),お茶の「カテキン」(catechin),大豆の「イソフラボン」(isoflavones)などがある。すべて,本体の生きる環境を補強する役割を担うものである。フラボノイドは,これまでに1万種以上発見されている。

 土壌の中の根粒菌は,マメ科植物の根から分泌されたフラボノイドに接触すると,フラボノイドを確認したというシグナルになる「ノッドファクター」(Nod factor)という分子を合成し始める。宿主のマメ科植物は,ノッドファクター分子を認識すれば,共生相手の根粒菌だけを根毛で包み込む(curling)。

 マメ科植物と根粒菌の主たる仕事は窒素を変形させることである。それも,暴走しない,適切に施行された変形が必要である。これは,マメ科植物の遺伝子の働きによる。そのメカニズムの解明は,やっと緒に就いたばかりである(注8)。

[注]
  • (1)https://www.kojundo.blog/life/523/
  • (2)https://hirofrench.com/archive/espace/monperie/120509.php
  • (3)桜井弘[1998]。
  • (4)https://www.y-history.net/appendix/wh1003-006.html
  • (5)18世紀の啓蒙思想全盛時代,1751~72年の長期にわたって,ドゥニ・ディドロ(Denis Diderot,1713~84年)とジャン・ダランベール(Jean d’Alembert,1717~83年)によって編纂された『百科全書』(Encyclopedie)が,この時代を象徴する成果であったことは言うまでもない。
  • (6)https://www.bing.com/微生物とは
  • (7)「炭素」(carbon=C)を含む化合物(compounds)が有機物と呼ばれる。燃やすと炭ができる物質を持つ。二酸化炭素は,炭素を含んでいるが,燃やしても炭はできないので,無機物に分類される。今日では,有機物は人工的にも作り出せるようになったので,有機物の定義に炭素を基準に採用するようになったが,元々は,「生物だけ作り出せる物質」,つまり,タンパク質や糖質,脂質など,生物の体内で作り出される物質を有機物としていた。人工的作り出す有機物の代表は「プラスティック」である。
  • (8)https://engineer.fabcross.jp/archeive/231208_organic-and-inorganic-matter.html
[参考文献]
  • 桜井弘[1998],『元素111の新知識』講談社〈ブルーバックス〉。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3518.html)

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