世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
“もしトラ”の真意は:トランプ氏は台湾を守るか
(九州産業大学 名誉教授)
2024.08.12
半導体産業のほぼ100%を米国から奪った
7月16日に配信された米・ブルームバーグのインタビューに,「台湾は半導体産業のほぼ100%を米国から奪った」とするトランプ前大統領の発言がある。台湾の半導体産業発展の歴史を知っている読者には,この発言が偽りであることは容易にわかるであろう。
台湾を代表する半導体企業は,世界最大のファウンドリーであるTSMCだ。「ファウンドリー」とは,受託製造に特化し,自社ブランドを持たない「下請け」ビジネスを行う企業を指す。「下請け」であるが故に,委託主がいないとビジネスは成立しない。TSMCの場合,委託主は主にはアップル,Nvidia,AMD,クアルコム,ブロードコムなど主には米系の半導体のファブレス企業である。「ファブレス」とは工場を持たない企業で,半導体の場合は設計に特化した企業を指す。ファブレス企業は,自前で製造工場を持つには膨大な設備投資と維持費がかかるため,TSMCなどのファウンドリーに委託したほうが高い利益率を得ることができる。トランプ氏の言う「台湾は100%を米国から奪った」でなく,米系企業を「助けた」が,正確な表現であろう。
トランプ氏は大統領であった当時,TSMCの米国誘致に熱心に取り組んだ。しかし大統領選挙で敗れ,TSMCのアリゾナ工場の開所式に出席したのはバイデン氏になってしまったが,要するに,トランプ氏の発言は,台湾に「一層の対米投資を促すこと」がその意図するところと見るべきだろう。
防衛費を我々に払うべきである
他方,トランプ氏は「台湾は防衛費を我々に払うべきである」とも発言した。この“真意”は何処にあるのか。トランプ氏は大統領当時,日本に対しも「日本はもっと防衛費を我々に払うべきである」と同じ趣旨の発言をした。しかし,発言の真意は,日本政府に対し,最新鋭戦闘機F-35を大量購入させることにあった。米国の最新鋭武器を大量購入させることによって,米国の軍事産業が“潤う”ため,「MAGA」(Make America Great Again,米国を再び偉大な国にする)のスローガンにも一致する,という訳だ。
台湾に対する発言の“真意”でも同様のことが言えるのではないか。トランプ政権時とバイデン政権時に台湾に売却した軍用設備・武器の内容を比較してみよう。蔡英文政権時の2016~2024年の間,トランプ政権は,第4世代ジェット多用途戦闘機F-16V(ジェネラル・ダイナミクス社,現ロッキード・マーティン社が開発,愛称はファイティング・ファルコン(Fighting Falcon)),無人攻撃機MQ-9Bリーパー(Reapeとは「死神」の意味,ジェネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ社製),エイブラムス戦車M1A2,HIMARS(多連装ロケット発射システム M142),MK-48魚雷(潜水艦から運用する大型誘導魚雷),スタンダードミサイルSM-2 MRなど16の主力武器155億ドルを11回に分けて売却した。これに対し,バイデン政権では砲弾備蓄のための資金提供をしたが,売却した武器は55億ドルに留まった。この脈絡から考えれば,トランプ氏の発言の“真意”は,台湾により多くの武器を購入させることと捉えられよう。
そのほかに考えられるとすれば,台湾に派遣される米軍の費用を台湾側に支払らわせるため,米国と台湾との間に「日米安全保障条約」に相当する「米台安全保障条約」を締結することである。1979年以前は「米華相互防衛条約」(米台相互防衛条約)があったが,同条約は破棄され,代わって制定されたものが「台湾関係法」である。この米台相互防衛条約を復活させることが,トランプ氏の意図である可能性は排除できない。
台湾は中国から110キロ,米国からは1万5300キロ離れている。台湾に米軍を駐留させると,遠距離からの救援という難題を解決することができる。当然,中国側は猛反対することが想像できる。しかし,台湾海峡の安全保障を考えるには,米国は“曖昧政策”から,より明確な政策に転換したほうが,中国の威圧を抑え,中国の指導者の“誤判”を防ぎ,米国自身のアジア・インド太平洋の安全保障に対するコミットメントを強く示すことに繋がるだろう。
中国産製品に高関税
トランプ氏の中国に対する強硬発言をクロノロジカルに見てみると,(1)2月4日:「中国からすべての輸出品に60%の関税,世界の他のすべての輸入品に10%の関税を課す」,(2)3月11日:「中国製電気自動車(EV),鉄鋼に50%の関税を課す」,(3)3月16日:「中国のEVがメキシコで製造され米国に輸出された場合,100%の関税を課す」など一連の対中強硬路線が際立った。また,7月18日の共和党大会では,新型コロナウイルスを「チャイナ・ウイルス」と呼び,米国と世界に大きな被害を及ぼしたとし,中国への反感を露わにしている。果たしてこの発言の“真意”とは何か。
冷戦時代に,ロナルド・レーガン大統領は,旧ソ連を「悪の帝国」と名指しで非難し,「力による平和」と呼ばれる一連の外交戦略でソ連に真っ向から対抗する道を選んだ。例えば,国防予算を大幅に増額して「スターウォーズ計画」を推進,ソ連はこれに追いつこうとするあまり軍備費を増額した。ソ連はアフガニスタン侵攻で国家財政が逼迫していた。ソ連の社会保障制度が麻痺し,国民はそんな共産主義政権を見限り,ソビエト連邦は崩壊した。
こうした歴史からトランプ氏の発言意図を推測すると,高関税による外資系企業の生産拠点を中国からインドや東南アジアに移転させる“脱中路線”を強行し,中国の豊富な外貨収入を遮断,「世界の工場」としての役割を終焉させることとも考えられないか。
融創中国,中国恒大,世茂集団,中国奥園,祥生ホールディング集団,佳兆業集団,新力ホールディング集団,花様年ホールディングなどの大手不動産開発デベロッパーのデフォルト(金融機関の不良債権になるため,実際には倒産させていない),地方政府の「地方債」と「融資平台」(地方政府傘下の投資会社)の膨大な不良債務(前者:約810兆円,後者:約1800兆円),「爛尾楼」(建設工事が1年以上にわたって停止しているマンション)の解決金の支出(約21兆円,明らかに不足)。年金支払い額の不足,失業率の拡大,少子高齢化,「一帯一路」による膨大な累積債務による外貨流失,空母や軍艦の建造・維持など軍事費,維穏(社会秩序監視メカニズム)費など,中国の中央・地方政府の膨大な財政支出に加え,更に外貨の減少を加速させることで,実質的に中国経済をデフレスパイラル,あるいは日本が経験したバブル崩壊を引き起こさせるのがトランプ氏の様々な発言の真意かも知れない。
[参考文献]
- 秋田浩之「トランプ氏は台湾を守るか」『日本経済新聞』2024年7月25日。
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