世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
スタグフレーションに陥っている日本経済
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.07.29
物価高で実質家計所得・消費支出が減少
最近,円安が日本の物価を押し上げ,家計の実質所得が目減りして消費支出の低迷を招いているという議論があります。GDP統計ベースの実質家計可処分所得は,コロナ禍対応の給付金によって急増したあと,物価上昇のために減少基調にありました。コロナ禍の影響が出る直前の2020年1-3月期と比べると,2024年1-3月期には実質家計可処分所得は3.9%減少しています。実質所得の減少を受けて実質家計最終消費支出はコロナ禍からの回復が止まり,2024年1-3月期まで4四半期連続で減少しました。水準としてはこの1年で1.9%減少しました。
今年の春闘での賃上げや,6月から始まった所得・住民税の減税によって実質家計可処分所得が増える可能性はあります。しかし,物価高に対する節約志向の高まりや新NISA開始で若年層を中心に積立投資を始める人が増えていることなどから,今後は貯蓄率が上昇することが予想されます。そのため,実質可処分所得が増えたとしても,実質家計最終消費支出は回復しにくいでしょう。
有効求人倍率は1年以上低下が続く
家計消費支出の低迷は景気の鈍化をもたらしています。実質GDPは2023年7-9月期から2024年1-3月期の3四半期のうち2四半期でマイナス成長を記録し,その間に1.7%減少しました。
労働需給の状況を示す有効求人倍率も,2023年1月の1.35倍から2024年5月には1.24倍にまで低下しています。医療,介護,運輸,建設等の分野では人手不足が続いているようですが,経済全体では,景気の鈍化と共に労働需要が弱くなっていることがうかがわれます。有効求人倍率の低下は,1人当たり賃金の指標である現金給与総額の上昇率の低下を招く傾向があります。現金給与総額は2024年5月には前年同月比+1.9%でした。賃金上昇率は政府や日銀が期待しているようにさらに高まるより,むしろ今後は鈍化する可能性の方が高そうです。
食料など一部品目が押し上げるインフレ率
消費者物価は,2024年6月には前年同月比+2.8%と,日銀が目標とする2%を27か月連続で上回りました。上に述べた現金給与総額の上昇率を上回る状態が続き,賃金を物価で割り引いた実質賃金は減少しています。消費者物価の構成品目のうち,食料,エネルギーと,宿泊費を含む教養娯楽サービスの物価上昇が顕著です。6月には前年同月比で食料は+3.6%,エネルギーは+7.7%,教養娯楽サービスは+7.4%でした。食料の消費者物価指数に占めるウェイトは26.26%,エネルギーは7.12%,教養娯楽サービスは5.18%です。食料,エネルギーは輸入物価上昇の影響を受け,宿泊費の上昇は,外国人観光客増の影響が大きいようです。一方,食料,エネルギー,教養娯楽サービス以外の物価上昇率は,2023年7月の前年同月比+2.6%から2024年6月には+1.4%にまで低下しています。食料,エネルギー,教養娯楽サービスを除いた品目は,合計で消費者物価指数の61.44%を占めています。消費者物価は,輸入物価の上昇や外国人観光客の増大などに起因する一部品目の物価上昇によって押し上げられているものの,全般的な基調的としては景気鈍化を受けて上昇率が下がってきていると言えます。
日銀が利上げをして円高に転じれば,輸入物価が低下して食料,エネルギーの物価上昇が鈍り,外国人観光客の増大にもブレーキがかかって宿泊費の上昇も鈍りそうです。そうなれば,実質家計最終消費支出にはプラスに働くかもしれません。しかし,金利上昇や円高は,設備投資,住宅投資,輸出,外国人観光客による消費支出にはマイナスとなります。景気全体で見れば,マイナスの影響の方が大きいでしょう。
インフレ率が高いまま景気は息切れし,日本経済はスタグフレーションに陥っています。金融政策でそれに対処することは困難です。後知恵ですが,日銀は景気が堅調だった2023年初に利上げを始めるべきだったのでしょう。物価上昇で苦しむ家計や企業を減税や補助金給付などで支援する財政措置の方が,景気を下支えするという点では多少効果はありそうです。ただ,中長期的な円安や実質賃金低迷の背景にある日本経済の低い生産性や,社会的ニーズの高い分野で人手不足などの構造的問題が放置されたままでは,財政刺激策の効果は一時的なものに留まり,結果的に政府債務のさらなる増大を招くだけです。
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