世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3497
世界経済評論IMPACT No.3497

バンス共和党副大統領候補指名の意味合い

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.07.22

 共和党全国党大会で次期大統領候補に指名されたトランプ前大統領(以下,トランプ)は大会初日の7月15日,注目されていた副大統領候補に,オハイオ州選出の上院議員に就任して僅か1年半しか経っていないJ.D. Vance(以下,バンス)を指名した。1984年8月2日生まれの弱冠39歳。トランプの年齢の半分でしかない。一部の伝統的保守派は,共和党の方向性が変わる可能性があるバンス指名に驚愕したという。

 ワシントン・ポストのコラムニスト,マックス・ブートは7月5日付のコラムで,副大統領の最有力候補としての上記のバンス,フロリダ州選出の上院議員マルコ・ルビオ,ノースダコタ州知事のダグ・バーグムの3人を挙げ,簡略すると次のように書いている。「いずれも以前はトランプを痛烈に批判していたが,ルビオとバーグムはMAGA信奉者だと口では言うが,本気でそう言っているとは聞こえない。対照的にバンスは改宗者のような熱意をもった真のトランプ信奉者のようだ。3人の政策観,特に外交政策は意見が分かれ,ルビオとバーグムは伝統的な共和党の外交政策で安心感があるが,バンスの主張はほとんどすべて間違っている。トランプが最終的に退陣した後,共和党そして米国を過激な方向に導く可能性が高いのは,バンスだけだ」。

バンス:ネバートランプ派から熱狂的なトランプ信者への改宗

 バンスは上院議員になる前の2016~17年,ニューヨーク・タイムズ(NYT)のオピニオン寄稿者を務めていた。その時代がバンスの反トランプ主義者(Never Trumper)としてのピークであった。この間,友人宛のメッセージで,トランプは「米国版の大衆扇動政治家ヒットラー」だと非難し,リベラルな主張で長い伝統を持つThe Atlantic に「大衆の麻薬」(Opioid the Masses)と題し,トランプは「文化的なヘロイン」で,その誤った主張は麻薬のように大衆の目や耳から入り込んでいると書いた。また,NPR(National Public Radio)で「トランプは農村部の不満を解消しようした唯一の大統領候補だが,白人労働者階級を非常に暗い場所に導いている」とも語った。オハイオ州の貧困家庭に生まれ,苦しかった自らの経験を書いたベストセラー『郷愁の哀歌』(Hillbilly Elegy)を出版したのも2016年である。

 バンスのトランプに対する姿勢が軟化したように見え始めたのが2018年からで,2020年にはトランプ再選を支持し,2021年2月,共和党の最有力献金者ピーター・ティールに案内され,マール・ア・ラーゴで初めてトランプに会った。トランプは机の上にバンスが書いたトランプ批判の記録を積み上げていたが,バンスは2時間の面会でこれまでのトランプに対する言動を率直に詫びた。その時はトランプも,同席したトランプの長男もバンスを許していなかったようだが,2021年7月,バンスがオハイオ州で上院議員選挙の運動を開始し,対立候補を圧倒する目覚ましい成果を挙げるようになると,トランプは「頭が良くてハンサムで,美しい青い眼」のバンスを讃えるようになったという。当選すると,バンスは上院で最も声高のトランプ支持者の一人となり,共和党の大半がトランプと関わりたくないと思っていた2022年11月,トランプが3度目の大統領選への出馬を発表すると,バンスは即座に全面的な支援を表明した(注1)。

 バンスが体現したアメリカンドリームは,全額給費生となって入学したイェール法科大学院から始まる。『郷愁の哀歌』の基になった論文は院生時代の成果であり,ケンブリッジ大学でも学位を取った級友のインド移民二世の弁護士ウーシャを妻とした。バンスは卒業後,シリコンバレーの投資家ピーター・ティールの下で働き,独立してベンチャーキャピタリストとして成功した。さらに,ティールの資金援助を得て上院議員選を勝ち抜き,トランプの強力な支援を得た。

トランプが最重視したバンスの忠誠心

 トランプがバンスのそうした経歴以上に重視したのが,バンスのトランプに対する強い忠誠心である。米国大統領は憲法修正22条により,2回を超えて大統領の職に選出されてはならないから,トランプが今年11月に大統領に当選したとすると,2回目の大統領の任期は2025年1月3日に始まり,2029年1月3日に終わる。過去に間隔を置いて2回大統領に就任したのは22代のクリーブランド大統領だけだ(注2)。このため,トランプ大統領がこの11月に当選し,来年1月3日に大統領に就任すると,次の大統領選挙は2028年11月となる。この時,トランプ大統領は立候補できないから,トランプ主義を継承する副大統領の重要性はこれまで以上に大きい。

 前任の副大統領マイク・ペンスは,2021年1月6日(議事堂暴動が起こった日),選挙人名簿を確定する両院会議議長を務めていたが,トランプ大統領の命令に従わず,名簿を改変しなかったため,バイデン大統領の当選が確定した。そうした事態が仮にまた起こった場合でも,自分の命令に従う忠実な副大統領が必要であった。また,そうした事態が起こらなかったとしても,2029年以降も確実にトランプ主義を貫いてくれる自分の分身的な副大統領が必須だと考えていた。選挙で中西部のトランプ支持票を確保するといった単純な話ではない。

 バイデン大統領は先日,歩行中に「バンスをどう思うか」と記者に問われ,「トランプのクローンだ」と的確に即答している(NHKテレビニュース)。バンスに対するこうした的確な判断を,民主党は11月の大統領選挙の戦術と戦略に生かさなければならないはずだが,トランプの先読みを超える思考にまで発展していないようだ。最近の世論調査では,接戦7州のトランプ支持率はバイデン支持率を超え,共和党勝利の見方が優勢となっている。果たして,バンスがトランプの意思を継承する大統領になるか否か,民主党は今後どのような対策をとるのか,11月の選挙結果とその後の展開が極めて重要となる。

[注]
  • (1)From Skeptic to Superfan: J.D. Vance’s Turnabout on Trump, NYT, July 15, 2024 by Simon Levien. How J.D. Vance Won Over Donald Trump, NYT, July 16, 2014 by Jonathan Swan and Maggie Haberman.バンスが副大統領に指名されてから実に多くの論考が発表されたが,本稿はそれらを参考した。
  • (2)Grover Cleveland の任期は,第1期(22代大統領)1885年3月4日~1889年3月3日,第2期(24代大統領)1893年3月4日~1897年3月3日。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3497.html)

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