世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3457
世界経済評論IMPACT No.3457

英国の総選挙:早期解散に踏み切ったスナク首相

力久昌幸

(同志社大学法学部・法学研究科 政治学科 教授)

2024.06.17

 英国のスナク首相は,5月22日に首相官邸前で演説を行い,議会下院を解散して7月4日に総選挙を行うことを明らかにした。英国では下院議員の任期は5年であることから,遅くとも来年1月までには総選挙を実施することになっていたが,任期満了まで半年ほど残した時点で総選挙が行われることになったわけである。

 ちなみに,2011年に制定された議会任期固定法により,下院の解散・総選挙は原則として5年の任期満了時に行われることになっていたが,同法が2022年に廃止されたことで,英国首相は以前までのように自分の望む時期に総選挙を設定できるようになった。そのため,スナク首相は任期満了時ではなく,任期途中での総選挙を選択したわけである。

 さて,英国に限らず首相が解散権を持つ国では,解散・総選挙は通常,与党に有利な時期を選んで行われる。先日,岸田首相が秋の自民党総裁選前に解散・総選挙を行うことを断念したという報道がなされたが,その判断に至った背景として政治資金問題などによる支持率の低迷が指摘されている。

 スナク首相の早期解散という判断は,与党の保守党にとって有利なものだったのだろうか。実は,スナクが首相に就任した2022年10月以降,解散・総選挙の実施を表明した時点まで,保守党は野党第一党の労働党に政党支持率に関して20ポイント程度の大差をつけられていた。そのため,支持率のデータを見る限り,7月に総選挙を行うことは保守党にとって有利であるとは言い難かった。首相を支える保守党議員の中からも,支持率の改善が見られないにもかかわらず早期解散に踏み切った判断を疑問視する声があったようである。

 それでは,なぜスナク首相は保守党から労働党への政権交代が現実味を帯びるようになっていたにもかかわらず,任期満了まで待つことなく早期解散という「賭け」に打って出たのだろう。実は,春先から首相官邸では早期解散の是非をめぐって活発な議論がなされていたようである。議論の焦点は,保守党政権の再選にとって早期解散が望ましいのか,それとも任期満了近くまで総選挙を先送りした方がよいのか,というところにあった。そして,比較考量の結果,解散・総選挙を先送りするのではなく,早期に実施する決断がなされたわけである。

 なぜ総選挙を先送りするよりも前倒しすることが望ましいと考えられたのか。第一に,経済状況に明るい兆しが見られたことが大きな判断材料となった。まず,昨年後半から景気後退に陥っていた英国経済について,今年1~3月期のGDPがプラス成長となり,またIMF(国際通貨基金)の経済予測で成長率の見通しが引き上げられたことから,保守党政権に対する有権者の見方が改善することが期待された。さらに,2022年には11%を超えていた消費者物価指数の上昇が,今年4月になって2.3%まで低下したことで,国民生活を悩ませていたインフレに落ち着きが見られたことも,経済政策の成果としてアピールできると考えられた。スナク首相としては,総選挙を戦うにあたって経済運営能力を争点とすることにより,有権者が長年にわたって政権から離れていた労働党よりも経験豊富な保守党を信頼することに望みをかけたわけである。

 第二に,経済とともに総選挙の大きな争点になると想定された移民問題も,早期解散に踏み切る判断に影響したと思われる。かねてよりスナク首相は,難民申請をするために英仏海峡をボートで渡る不法入国者についてアフリカ東部のルワンダに強制移送する計画を打ち出していて,この計画を具体化した法律が4月に成立していた。しかし,この法律については難民申請者の人権を侵害するものだという批判も根強く,差し止め訴訟も想定されることから,実際に不法入国者をルワンダに強制移送するのは容易ではないと見られていた。そこで,総選挙キャンペーンにおいて,政権公約としてルワンダ強制移送法の廃止を訴える労働党と不法入国者への厳しい措置を掲げる保守党の違いを鮮明にすることで,移民の流入を不安視する有権者の投票を確保できると思われたのである。

 第三に,総選挙の先送りがもたらすデメリットが挙げられる。たしかに,支持率が低迷する中で選挙に臨むよりも,解散をできる限り引き延ばして支持率の回復を待つという手も考えられる。しかしながら,任期満了までの半年間で支持率が上向く見通しはなかった。景気後退を脱してインフレも落ち着くようになったとはいえ,少なくとも今年中は力強い景気回復は期待できなかった。そのため,経済状況の改善がすぐに支持率の回復につながるとは思われなかった。さらに,保守党は減税の党として選挙前に減税を行い,労働党を増税の党として攻撃することを選挙戦術の常套手段としてきたが,財政悪化の影響もあって目立った減税を打ち出すのは難しいと思われた。そこで,減税という目玉がないまま解散を先送りするよりも,早期に総選挙を行うことにより野党の不意を突く方が望ましいとされたようである。

 早期解散に踏み切ったスナク首相の「賭け」は成功するだろうか。選挙戦中盤までの世論調査を見る限り,スナク首相が「賭け」に勝つ可能性は低いようである。依然として,支持率で保守党は労働党に大差をつけられたままとなっているからである。さらに,右派ポピュリズム政党のリフォームUKが,保守党に幻滅した右派有権者の間で支持を広げる傾向も見られる。はたして,スナク首相の保守党は大方の見方のように大敗を喫することになるのだろうか。マクロン大統領のサプライズ解散によってフランスの国民議会選挙も同時期に行われることになったため,英仏両国の総選挙の行方に注目が集まっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3457.html)

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