世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3424
世界経済評論IMPACT No.3424

米のハイブランド化の背景

本山美彦

(京都大学 名誉教授・国際経済労働研究所 所長)

2024.05.20

 農林水産省によって指定された産地品種銘柄,いわゆる「銘柄米」の中で有名になったものが,ブランド米である。

 現在,日本には代表的なものだけでも,水稲のうるち304品種,もち73品種,酒米125品種で合計502品種ある(注1)。

 その中でブランド米として目立つのは5つしかない。2020年産米で見ると,酒米・もち米を除く主食米(うるち米)のうち,銘柄種別作付け割合のベスト5は,「コシヒカリ」(33.7%),「ひとめぼれ」(9.1%),「ヒノヒカリ」(8.3%,」「あきたこまち」(6.8%),「ななつぼし,3.4%)である。この5銘柄だけで,全国の米販売量の60%以上も占めた。

 米にはそれぞれ地域の風土に根ざした種類のものが発達してきたはずである。しかし,販売戦力は地域の特性を無視した数少ないハイブランドものによって独占されてしまった。

 そうした状況を作りだした農家などの販売者を責めるのは酷であろう。全国的に米の需要が激減していた状況したで,売れるハイブランドものに販売が傾斜してしまうのもやむを得ないことである。

 農林水産省がまとめた米の消費量の推移をみると,1人1年当たりの消費量は1962年の118.3kgをピークに一貫して減少しており,1990年には70.0kgまでに急降下した。2020年には50.7kgとピーク時の半分を割っている。

 米の販売価格も,長期的に低下傾向で推移している。例えば,1990年には作況「やや良」で玄米60kg当たり21,600円であったが,2016年には同じ作況で14,302円まで減少した(注2)。

 これには,1995年の「新食糧法」の実施によって,米が事実上の自由販売になったことが大きく関係している。

 食糧難時代の1942年,国は,米を中心とする主要食糧を政府管理下に置くべく,「食糧管理法」を制定した。流通する米の全量が政府 の直接統制下に入れられた。これは,政府が米を農民から高く買い付け,消費者には安く売るという米増産政策であった。増産政策は成功し,1960年代には米が過剰になった。財政危機に陥った政府がいつまでも農民から高く買い上げ続けることは事実上,不可能になった。そこで,1995年に,創り出された新語が,「自主流通米」(計画外流通米)であった。食管法制定当初には合法の「政府米」と非合法の「自由米」(ヤミ米)しかなかった。そこで,農民が自由に米を売ることを承認する「新食糧法」(1995年)が実施され,合法である「自主流通米」が生み出されたのである。

 すぐさま,卸や小売に新規参入が増加し,米流通は激しい競争時代に突入した。

その後,政府はさらなる競争原理を導入した。2004年,「売れる米作り」を基本に置いた生産体制の刷新を柱に,「改正食糧法」が施行された。政府の主導によって,減反面積を決める「生産調整」が廃止され,農協に代表される農業団体が主体となって決定する方式が採用された。前年販売実績を加味して次年度の生産量が配分されることになった。これでは,生産側は売れる米作りを目指すしかなくなったのである。

 「計画流通制度」も廃止された。この制度では,自主流通米と政府米(備蓄米)を計画的に政府指令に従わせるもので,こうした流通米は「計画流通米」と呼ばれていた。自由に流通する「計画外流通米」との区別がなくなり,「検査米」と「未検査米」だけの区分になってしまった。また出荷や卸,小売の「登録制」も廃止され「届け出」だけで良いことになり,米も一般食品同様,自由販売できるようになったのである。

 生産者も流通業者もブランド米に傾斜したのも当然である(注3)。

 植物の新品種を開発するには,設備投資に莫大な資金を投資し,長期間の研究を必要とする。しかし,莫大な資金と時間をかけて開発した新品種なのに,市場に出てしまえば,第三者がそれらを増殖することは簡単にできる。これでは,開発者の労力は報われない。

 種々の批判にさらされているが,新品種の開発者の権利を守るためにできた法律が,「種苗法」である。新品種を開発し,育成した者にそれを独占的に利用できる権利として,知的財産権の一種である「育成者権」を与えようとしたのがこの法律の趣旨である。

 日本で開発されたブドウやイチゴなどの優良品種が海外に流出し,第三国に輸出・産地化される事例が多数見られる。また,農業者が増殖したサクランボ品種が無断でオーストラリアの農家に譲渡され,産地化された事例もある。このようなことにより,国内で品種開発が滞ることも懸念されるので,より実効的に新品種を保護する法改正が必要と考えられたのである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3424.html)

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