世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3413
世界経済評論IMPACT No.3413

変動為替相場制移行後,最低の円安

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.05.13

円の全面安

 円の対米ドル為替レートは,4月に急激に円安に動き,一時1米ドル=160円を超えました。円安の背景として,米国でインフレ圧力が根強く,利下げ観測が遠のいたことが指摘されています。ただ,2020年初を起点にすると,円は米ドルだけでなくユーロや人民元,豪ドルなど主要通貨に対して軒並み40%前後下落しています。日銀の金融緩和政策の修正が遅れていることが,円全面安の一因と考えられます。

円安は日本経済の相対的衰退の反映

 BIS(国際決済銀行)の実効為替レートの月次データ(https://data.bis.org/topics/EER)によれば,円の名目実効為替レートは,2012年1月の史上最高値から2024年3月までに約39%下落しています。日本銀行が2010年10月から包括緩和の枠組みのもとで金融緩和を強化したことが円安転換のきっかけとなったと考えられます。さらに2012年12月に第二次安倍内閣が発足し,2013年3月には黒田日銀総裁が就任して,アベノミクスのもとで黒田日銀が異次元金融緩和を推し進めたことが,大きな円安の流れをもたらしたと言えるでしょう。

 一方,為替レートに加えて内外の物価動向を加味することで通貨の割高/割安の度合いを示す実質実効為替レートを見ると,円の実質実効為替レートは1995年4月の史上最高値から2024年3月までに約63%下落しています。名目実効為替レートがピークを打った2012年1月まででも,実質実効為替レートは約30%下落しました。2012年以前は名目ベースでは円高でも,デフレにより日本の物価が主要国・経済に対して相対的に下がったことを示しています。国際的に見れば,デフレと円安は日本の相対物価の下落という点で同じ意味を持っています。

 こうした日本の相対物価の低下,つまり円の実質価値の低下は,本コラム4月29日付No.3400の「今,円はどの程度割安か」でも述べたバラッサ=サミュエルソン効果から説明できそうです。IMF(国際通貨基金)の世界経済見通しのデータベースから1人当たり実質GDP(購買力平価換算,2017年価格)の日本の先進経済平均に対する相対値を取ると,1990年代前半以降,下落傾向にあります(https://www.imf.org/en/Publications/WEO/weo-database/2024/April)。

 こうした日本経済の相対的な生産性の低下に,円の実質価値が呼応しているようです。つまり,円の実質実効レートの下落は,日本経済の相対的な衰退を反映していると考えられます。BISのデータをもとに,日本銀行が1970年まで遡及して発表している円の実質実効為替レートは,1973年2月に変動為替相場制に移行してからの最低水準にあります(https://www.boj.or.jp/statistics/market/forex/jikko/index.htm)。

円安の勝者と敗者

 国際的にはデフレと円安は同じと言っても,国内ではデフレ解消などの円安のメリットはあったという見方もあるでしょう。日本経済全体で見た時,円安のメリットとデメリットのどちらが大きかったかについては意見が分かれますが,実際には,立場によって違いがあります。米国のGDP統計(https://www.bea.gov/itable/)によれば,2010年以降,米国では企業利益と雇用者報酬の伸びに大きな差はありません。2010年1-3月期を100とすると,2023年10-12月期の企業利益は202.7,雇用者報酬は187.0です。一方,日本の法人企業統計による非金融企業の経常利益を米ドルに換算し,同じく2010年1-3月期を100とすると,2023年10-12月期は251.1であり,企業利益は米国以上に伸びています(https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/index.htm)。

 これに対し,日本のGDP統計による雇用者報酬の米ドル換算額は,同様に計算すると2023年10-12月期には72.3です(https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/sokuhou/sokuhou_top.html)。

 もちろん日本企業の中でも利益が大きく増えた所も増えていない所もあり,労働者の中でも賃金・給与が増えた人も増えていない人もいるでしょう。ただ,全体的に見れば日本の企業は円安の勝者であり,労働者は敗者であることは明らかです。多少の賃上げがあったとしても,円安傾向が続く限り,その点に変わりはないでしょう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3413.html)

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