世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3262
世界経済評論IMPACT No.3262

働く高齢者とプロダクティブ・エイジング

平田 潤

(日本応用老年学会 理事)

2024.01.15

プロダクティブ・エイジング

 SDGsの3つ目のGoalとして設定されたWell-Beingは,高齢者(65歳以上)の健康を考える上でも重要である。Well-Beingとは,「人間が本来求める健康的豊かさ,身体的・精神的・社会的に良好な(充たされた)状態」を指す。通常の高齢者は「定年退職」等で,これまでの経済社会との関わりが一旦はリセットされる。そこで多くの高齢者は,(社会的)孤立/孤独を避けるためにも,「社会参加」(様々なコミュニティ活動,地域参加,ボランティア,NGO/NPOなど)及び,「経済参加」の持続(就業等,生涯現役)により「社会的に良好な(充たされた)状態」の維持・達成を追求するわけである。

 約8割が自立している現在の日本の高齢者にとって,こうした社会との紐帯を保ち社会貢献に資する「プロダクティブ・エイジング」はますます重要になってきている。

高齢者と幸福度

 さて「プロダクティブ・エイジング」の基盤となる高齢者の暮らし向きは実際はどうであろうか? ここでは最近実施された2つの高齢者へのアンケート調査を参考に考えてみたい。まず内閣府による「高齢社会白書(令和5年版)」(第1章2節)では,高齢者(65才以上)の暮らし向き(令和3年度アンケート調査)で,「経済的な暮らし向きについて心配ない(家計にゆとりあり+あまりゆとりはないがそれほど心配ない)」とした回答比率は68.5%を占める。一方で,「家計が苦しく非常に心配である」は回答比率の7.5%であった。

 次に「全国就業実態パネル調査(JPSED)2023年(リクルートワークス研究所)」が,「幸福度」についてアンケート調査している。2022年度の就業/非就業者に「生活実態」における幸福度を5段階評価(5=とても幸福,1=とても不幸)でヒアリングした結果が公表されている。5と4の合計値でみると,高齢者では,正規雇用(男性54.2,女性54.7),非正規雇用(男性52.6,女性54.7),非就業(男性46.6,女性54.0)であるのに対し,中堅層(25歳~34歳)の場合では,正規(男性31.8,女性49.7),非正規(男性29.4,女性45.2),非就業(男性19.5,女性49.3)となっている。高齢者の「幸福度」の数値は,中堅層のスコアを上回っている。また男性の場合,高齢者も中堅層でも幸福度は,就業(正規)>就業(非正規)>非就業となっており,就業状態の差が幸福度を左右していることが窺われる。

高齢者の就業事情

 2023年現在,日本の高齢者(65歳以上)の就業者人口は,912万人(全高齢者の25.2%)と過去最多を記録し全就業者の13.6%を占めているが,この比率は先進国の中でもかなり高い水準である。年齢階層的には65~69歳の就業率は50.8%(2人に1人),70~74歳でも33.5%(3人に1人)にのぼっている。高齢者が定年後にも持続して働く理由は多岐にわたり,かつ複合的ではある。以下,供給者(高齢者)と需要者(企業),そして法制度の軸に沿って見ていきたい。

A:高齢者側のニーズ・事情

  • ①アクティブ・シニアを中心に,経済活動への積極的参加・就業意欲が高い
  • ②ビジネス・仕事・企業に高い価値を見出し,また強い帰属・達成意識がある
  • ③収入を老後の生活資金への一助としたい(年金では不足・不十分,余裕資金の獲得)
  • ④健康(フィジカル&メンタル)の維持・増進や,老化の防止のため
  • ⑤直接・間接的に社会への貢献,地域支援につながことに,意義・充実感・やりがいがある

B:企業側の必要性

  • ①(構造的な)労働力不足への対応(再雇用・嘱託・非正規・アルバイト形態が多い)
  • ②次世代・若手社員への経験・スキル&ノウハウの伝承上必要な存在
  • ③高齢社員の持つネットワーク網や,さまざまに保有する無形資産の活用

C:制度設計による後押し

  • ①「働き方改革」の積極的推進,高齢者が可能な働き方の拡大が進行
  • ②大企業を中心に,定年の延長が定着(改正高齢者雇用安定法2021年)

高齢者の所得

 高齢者就業率は高いとはいえ,高齢者所得自体は平均値や中央値で見てそれほど高いわけではない。高齢社会白書(令和5年版)によれば,高齢者の所得は世帯平均で332.9万円(中央値を取ると271万円)であり,全世帯平均所得564.3万円のほぼ6割の水準である。また所得階層別分布でみると150~200万円の世帯が最も多い(令和3年「国民生活基礎調査」厚労省)。また高齢者の全所得の内訳では80%以上の家計で,年金が約6割を占め(「高齢社会白書」令和5年版),高齢者の生活にとって年金の比重が高いことを窺わせる。

 公的年金の財源の問題や,年金(基礎年金・厚生年金)額の水準調整(マクロスライド政策)などに,多くの高齢者が強い関心を示すのは当然といえよう。

高齢者雇用におけるミスマッチ

 現在,就業(の維持・持続)を求める高齢者は企業の継続雇用(再雇用)利用にとどまらず,各所のハローワーク等で,新たな仕事・職を望む求職者もまた右肩上がりに増加している。一方で高齢者の就業では,現在前述のA,B,Cが雇用市場で,円滑にミート或いはマッチする(高齢者のニーズの太宗に企業側の需要が十分対応でき,制度設計がきめ細かに需給両者の背中を押す)ことで,多くの高齢者が,それぞれの望む業種/職種に,満足する雇用条件(収入・時間など)で就業できているわけではない。むしろ高齢者側のストライクゾーン(特に労働密度や就業時間,責任や組織からの負荷に関する希望)と,企業側が前提・優先する組織原理(定年・役職制を柱とした人事/組織管理/給与)やモチベーションを巡ってさまざまなミスマッチが生じており,高齢者がやむなく希望しない職種や仕事に就き,企業側は高齢就業者の本格的雇用(正規雇用,定年制廃止や延長を含め)に消極的になるか,或いは高齢就業者の低生産性を嘆く,というケースが実際は多いとされている。

 少子化が亢進し生産年齢人口減少が最早不可避となった現在,高齢者は貴重な経済戦力である。今後の「働き方改革」では,「定年(雇用)延長や義務化」,「働く場の一層の確保」のステージ推進はもちろん,さらに一歩進めてこういった高齢者雇用におけるミスマッチの解消といった質面での改善に注力が求められよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3262.html)

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