世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3105
世界経済評論IMPACT No.3105

中国はどこで道を間違えたのか

安室憲一

(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)

2023.09.11

 いま中国は未曾有の国難に直面しつつある。高度成長をもたらした経済発展モデルがほぼ破綻した。IMFの予測によると中国の非金融部門の債務残高は2027年にはGDP比311%に達するという(現代ビジネス「習近平の「遅すぎる通達」では中国の不動産バブル崩壊ドミノは止められない」2023年9月4日配信)。負債総額はバブル崩壊時の日本の比ではない。なぜ中国はこうなったのか。どこで道を誤ったのか。その原因を考察したい。

 事の発端は1989年の天安門事件である。このとき鄧小平氏は民主化運動を武力で弾圧し,停滞した経済を活性化するため政治は共産党一党独裁,経済は疑似資本主義という変則的な体制を作った。それを引き継いだのが江沢民政権,それをグローバルに発展させたのが胡錦濤政権である。これが今日の中国の成功と失敗をもたらしている。習近平総書記が「悪いのは俺ではない,鄧・江・胡だ」というのも一理ある。なぜ先任者に罪があるというのか。

 根本的な問題は土地の使用権を売却して地方政府の財源に当てる制度そのものにある。つまり,近代的な税制を確立せずに土地使用権の売却で財政を賄う安直なやり方に終止した。中国の地方財政は,①税収,②中央政府からの支給(大都市が地方政府を支援,例,上海市による雲南省への支援金給付など),③土地の貸出の対価(例,70年の租借),④城投債(「融資平台」を作って公共事業投資のための債券発行,地方政府による暗黙の保証)で構成されている。土地の使用権の売却はあくまでも期限付きであり,契約終了後は国有に戻る。土地の所有権はあくまでも国(地方政府)にあり,社会主義制度を放棄したことにはならない。この土地使用権がデベロッパーに売却され,不動産建設が行われる。開発用地には多くの場合自作農が小規模の農業を営んでいる。彼らは僅かな保証金をもらい追い出される。追い出された農民は低賃金労働者になる。つまり,この仕組みは17~18世紀の西欧資本主義の勃興期における「囲い込み運動」に類似した政策である。中国の資本家が獰猛で非倫理的なのは,この初期資本主義のDNAを受け継ぐからだろう。

 開発した居住地域の整備のために道路や橋梁,ガス・水道の公共投資が必要になる。地方政府は中央政府が借り入れを厳しく規制しているので,「融資平台」を作って高金利の「城投債」を発行する。地方政府が「暗黙の」債務保証をするので,市民は安心して債権を購入する。この仕組みは,原理的には中国が成長を続けることで機能し,成長が止まると破綻する。2020年頃には,中国の人口が「少子高齢化」により減少することが確実視されるようになった。つまり,この頃までに,中国成長モデルの行き詰まりが明らかだった。

 破綻の原因は,中国が近代的な税制の確立を怠ったことにある。中国は中央政府の財源の半分近くを「増値税」(日本の消費税に相当)で賄っている。標準税率は16%もあったが,2016年に13%に引き下げられた。高い増値税からスタートしたため中国の内需は停滞気味になり,いきおい外需(輸出)に依存するようになった。さらに,国内の投資が不足する分を外資による直接投資で補う体質がビルトインされた。「外需と外資」,これが鄧小平氏の「改革開放」の真の狙いであった。これが止まると中国の経済成長は燃料不足になる。

 そもそもなぜ,中国は近代的な税制の確立ができなかったのか。第一の問題点は固定資産税である。日本では固定資産税は,住居などの資産評価額の1.4%,年間で10万円から15万円とされている。相当の金額である。これが中国には殆どない。土地は国のもので,個人は借地しているに過ぎない。借地人が固定資産税を払う義務はない。土地の使用権を購入したときに相当分は支払っているはずである。また,住居(「房産税」)も無税が原則である。一人あたり60平米以下,一家三人として180平米以下は無税である。中国のマンションは180平米以下の場合が多い。もし,中国に固定資産税があったら,地方政府の財政は土地の使用権の売却や「城投債」に過度に依存する必要はなかったはずである。この中国の固定資産税は,何度も実験的に導入されてきた歴史がある。その度に失敗している。この「房産税」は,1986年に,中国に不動産を持つ外国企業や現地駐在員に対して適用されたが,その後,中国市民には広がらなかった。

 第二の問題点は,中国の戸籍制度である。中国は半数程度の国民が「農村戸籍」を持ち,都市住民が「都市戸籍」を持っている。原則として「農村戸籍」の人は,都市に永住することはできない。期限付きで農村に返される。都市で住宅を買う権利はなく,都市の学校に子供を入学させる権利もなかった(就学時に帰村させる)。都市の住民から見ると「農村戸籍」の人々は「外国人」であり,「移民労働者」とかわらない。これは根本的な差別構造である。地方政府は自作農民から土地を奪うだけでなく,彼らを労働者に落としめて大都市に送り込み,低賃金労働者として使役し,資本家を太らせた。地方政府はその代償として大都市から「特別支給」を得る。この仕組みを固定化しているのが,中国の「戸籍制度」である。農村戸籍の人間の犠牲の上に,中国の高度成長が築かれているのである。

 習近平総書記は「共同富裕」政策によってこの制度の改革を志している。だが,その政策は捗らない。なぜなら,「共同富裕」は富裕層を調整し,中間層を増大し,貧困層を底上げして減らす政策だからである。富裕層の多くが共産党の幹部であり,富を失うのは資本家だけでなく彼ら上級党員でもある。彼らが「馬耳東風」であるのは必然であり,そこに習近平総書記の苛立ちがある。しかも,目玉政策の戸籍制度改革は1000万人以上の大都市(例,北京,上海,深圳など)では実施されていない。不動産価格を下げるはずの「房産税」導入(2021年)は不動産価格の下落をもたらすはずが,「バブル崩壊の引き金」になってしまった。よかれと思って行う政策がすべて逆の結果になってしまう。習近平総書記は改革を急ぐが,タイミングが悪すぎる。「悪いのは俺ではない,前任者だ」という習近平氏の言い分もわかる。やることなすことがうまく行かず,習近平総書記がやる気を失い「習躺平(タンピン)」(寝そべり族)にならないか心配である。中国の「日本化」と言う人がいるが間違いである。中国では金融崩壊の前に地方財政及び行政の崩壊が起こるからである。公務員の減給と人員削減,雇用停止が全国規模で起こるだろう。雇用の崩壊は大都市の摩天楼の周辺に危険なスラム街を生み出すだろう。近代では誰も見たことのない光景である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3105.html)

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