世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
依然堅調な米雇用統計が示唆するもの
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.06.12
6月2日に発表された5月分の米国雇用統計によれば,失業率は3.7%と前月の3.4%から上昇した。しかし,歴史的に見ればまだ非常に低い水準である。3月21,22日開催のFOMC(連邦公開市場員会)の参加者による経済見通しによれば,中長期の均衡状態の失業率,いわゆる自然失業率は4%と想定されていた。足元の失業率がそれを下回っていることは,労働需給が需要超過状態にあり,人手不足が続いていることを示唆している。
この3月時点のFOMC参加者期見通しは,失業率が今年末に4.5%に上昇するとしていた。3月のFOMCの時点で判明していた2月の失業率は3.6%であり,5月の水準とほとんど変わらない。ここまでの所,FOMC見通しより失業率の上昇は遅れているようだ。
物価の基調の指標である個人消費支出価格指数中央値の上昇率と失業率の関係,いわゆるフィリップス曲線を見ると,足元で失業率が低水準に留まっている一方,個人消費支出価格指数中央値の前年同月比上昇率は直近値の4月時点で5.8%であり,昨年8月以降,5%台後半で高止まりしている。1980年から81年にかけて中央値の前年同月比上昇率が9%台まで上がった後,低下する過程では,失業率は1981年初に7.5%と既にかなり高かった所から,1982年後半から83年前半には10%台まで上昇した。今回も大幅に失業率が上昇するようなかなり深い景気後退にならない限り,物価の上昇圧力は消えないのではないだろうか。
5月の雇用統計によれば,民間非農業部門の就業者数×平均労働時間×時間当たり平均賃金として計算される賃金総額は,前年同月比+6.2%となった。1年前の2022年5月には+10.4%だったので伸び率は下がってきているが,これも歴史的見れば,まだかなり高いと上昇率と言える。賃金に社会保険料の企業負担等を含めた企業部門の雇用者報酬で見ると,1−3月期には前年同期比+6.2%だった。これは同時期の企業の純付加価値(総付加価値-固定資本減耗-間接税+補助金)の同+2.6%を大きく上回っている。企業から見れば,労働コストの増加率が付加価値の増加率を上回り,その分,企業利益が圧迫されている状況である。事実,1−3月期の企業の税引き前利益は3四半期連続で前期比で減少した。足元の雇用統計は,企業の労働コストの削減が遅れており,4−6月期も企業利益の減少が続きそうなことを示唆している。
米国の企業は,利益が減少しているのに,なぜこれまでのところ雇用を減らすなり,賃金を下げるなりして労働コストを厳しく抑制しようとしていないのだろうか。労働コストの上昇を製品価格に転嫁できるとまだ考えているのか,株価が下がっていないので,企業利益が減っても株主から経営責任を問われる心配が小さいからなのか,定かではない。ただ,次第に景気が悪化する中,企業の付加価値の増加率は今後さらに低下すると予想される。早晩,企業は労働コストの大幅な削減を迫られる状況になるだろう。それは労働者の側から見れば所得の減退を意味し,個人消費支出も減って,米国経済は深い景気後退に入ってゆくことになりそうだ。
関連記事
榊 茂樹
-
[No.3568 2024.09.23 ]
-
[No.3563 2024.09.16 ]
-
[No.3555 2024.09.09 ]
最新のコラム
-
New! [No.3581 2024.09.30 ]
-
New! [No.3580 2024.09.30 ]
-
New! [No.3579 2024.09.30 ]
-
New! [No.3578 2024.09.30 ]
-
New! [No.3577 2024.09.30 ]