世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
減少する米国の企業利益
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.06.05
5月25日に発表された1−3月期分の米国の国民所得統計における税引き前企業利益は,前期比-5.1%と,3四半期連続の減少となった。前年同期比でも-2.8%と,2020年10−12月期以来のマイナスとなった。
急速な金融引締めに対して,これまで景気鈍化の兆候は,長短金利の逆転や,銀行の貸し出し態度の厳格化など,主に金融市場の面で現れていた。企業利益は実質GDPに先行する傾向があり,企業利益の減少は,実体経済の面で景気後退の接近を示唆する動きとして注目される。
企業利益の減少の背景には,一つには,企業の付加価値の鈍化がある。米国企業の純付加価値(=企業総付加価値-固定資本減耗-間接税+補助金)は,1−3月期には前年同月比+2.6%と前期の+4.4%から減速した。昨年1−3月期には+11.2%であったので,この1年で大幅に減速したと言える。もっとも,企業利益のように前年同期比減にはまだ至っていない。
企業利益の減少のもう一つの要因は,企業の純付加価値の中から,労働者に報酬として支払われる額の比率,つまり労働分配率が足元で上昇していることである。労働分配率は,1−3月期には75.9%と,前期の74.6%,昨年1−3月期の73.7%から上昇した。労働者の取り分が増えた分,企業の取り分が減ったことで,企業利益の伸びが付加価値の伸びを下回っている。
景気が悪化すれば,企業付加価値は今後さらに鈍化するだろう。労働分配率は上昇しているものの,歴史的にはまだ低水準だ。1980年以来の労働分配率の平均値は78.3%である。足元で失業率が3%台半ばと,歴史的低水準にある中,労働者側の賃上げ要求は強く,労働分配率はさらに上昇しそうだ。付加価値の鈍化と労働分配率の上昇が相まって,企業利益は,今後,一段と落ち込む可能性が高い。
もちろん,企業としては,やすやすと利益の減少を見過ごすわけには行かない。1−3月期には民間非農業部門の単位労働コスト(=時間当たり報酬/労働生産性=時間当たり報酬×平均労働時間×被雇用者数/生産量)は前年同期比+5.8%と大きく上昇している。賃金の引き下げや生産量の増大が難しい状況の中で,大きく上昇した労働コストを抑制するために,雇用を削減する企業が増えてくるだろう。雇用が減少すれば,景気は大きく悪化する。一方,1−3月期の民間非農業部門のデフレーターは,前年同期比+5.3%と単位労働コストの上昇率を下回っている。利鞘の回復のために,値上げを図る企業も多いだろう。そうなればインフレ率は下がりにくそうだ。両方の動きが同時に強くなれば,景気は悪化してもインフレ率が下がらず,米国経済はスタグフレーションに陥る。
スタグフレーションに陥ると,金融政策は,景気の下支えとインフレの抑制のどちらを優先すべきかという難しい問題に直面する。ただ,最大の雇用と物価の安定というFRBの二重の責務(デュアル・マンデート)と照らし合わせた時,失業率はFOMC(連邦公開市場委員会)参加者が失業率の中長期均衡水準として想定する4%を下回っている。一方,インフレ率の方は,4月分の個人消費支出価格指数によれば,エネルギー,食品を除くコアで前年同月比+4.7%,インフレの基調を示すと考えられる中央値は+5.8%と,いずれもFRBの目標の2%を大幅に上回っている。こうした点では,少なくとも当面,米国の金融政策は,景気の下支えよりもインフレ抑制に重心を置くことが必要だろう。
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