世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2918
世界経済評論IMPACT No.2918

トランプ前大統領を起訴:第1弾はニューヨーク地検

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2023.04.17

 トランプ前大統領は,2016年の大統領選挙以前から多くの刑事事件を引き起こし,事件は地方検察官および連邦司法省による捜査からいよいよ公訴,公判の段階に入ってきた。前・現を含めて大統領の起訴は米国史上初めてだが,起訴は3月末,まずニューヨークから始まり,次は5月以降,ジョージア州アトランタに続く。電子版のニューヨークタイムズ(NYT),ワシントンポスト(WP)および両紙に添付された豊富な資料をもとに,今後の展開をみていきたい。

公判までの長い道程,そして長期間の刑事訴訟へ

 今年1月から審理を開始したニューヨーク郡大陪審(一般市民23人の陪審員で構成)は,3月30日,過半数の賛成でトランプ前大統領を起訴した。4月4日,前大統領はマンハッタン区南部にある州法廷に出頭し,被告人として一時的に身柄を拘束され,指紋を取られた後(前大統領ということで顔写真撮影と手錠は免除),罪状認否で告発された重罪34件のすべてに無罪を主張した。その後,保釈金は求められず,前大統領は直ちにフロリダの自宅に戻った。

 訴因はニューヨーク州刑法第175条第10項による「第1級業務記録の改竄」。起訴状にあるとおり,ニューヨーク州以外の州でも,業務記録の改竄は軽罪だが,改竄が詐欺の意図,別の犯罪を犯し,支援し,隠蔽する意図で行われれば重罪となる。有罪の場合の最高刑は1件当たり禁錮4年である。前大統領は起訴されても,有罪になっても,すでに立候補を表明している2024年大統領選挙戦を継続できるし,当選した場合でも米国憲法第2条第1節5項により当選が無効となることはない。

 トランプ弁護団は,まず起訴が棄却されるよう全力を尽くす。ニューヨーク最高裁のマーチャン判事によると,トランプ弁護団による公訴棄却ないし証拠除外申し立ての期限は8月8日,これに対する検察側の回答期限は9月19日,前大統領がニューヨークの法廷に出頭して行われる対面審問は12月4日と決定された。こうした公判前の審理を経て公判の有無が決まるが,公判で有罪となれば前大統領が上訴するのは必至とみられるため,裁判の最終決着はかなり先となる。

アルバン・ブラッグ地検による立件と訴因

 筆者は前大統領起訴の報を聞いて,前大統領がポルノ女優ストーミー・ダニエルズとの関係を隠すために13万ドルの口止め料(hush money)を彼女に支払ったことで,なぜ起訴されたのか理解できなかったが,4月4日,起訴状が公開され,大量の現地報道が出て,ようやく起訴の理由を理解した。

 前大統領(以下,被告)が起訴されたのは,単にストーミー・ダニエルズに口止め料を支払ったことにあるのではなく,支払った13万ドルの帳簿上の処理の仕方が訴因となっていることが重要な点である。

 被告の起訴に先行して有罪となった被告の元顧問弁護士マイケル・コーエン(連邦刑務所に3年間服役し2020年5月釈放)が,被告の指示に従って彼女に13万ドルの口止め料を支払い,被告は2017年1月大統領に就任した後,コーエンにこの13万ドルを分割返済した。この時,被告はコーエンと弁護士契約を結んでいないにもかかわらず,この返済を弁護士料と偽って被告の関係企業の「詳細総勘定元帳」(DGL, Detail General Ledger)に記録させた。

 これがニューヨーク郡マンハッタン地区検察官(DA)アルビン・ブラッグ(Alvin Leonard Bragg, Jr., District Attorney, New York County)が挙げた訴因,つまりニューヨーク州刑法第175条第10項違反の業務記録改竄である。

 全16ページの起訴状は,34の訴因それぞれの冒頭に,「(ニューヨーク州)刑法175条10項違反の第一級業務記録改竄」(Falsifying Business Records in the First Degree)と明記し,「被告は(中略)詐欺の意図,別の犯罪を犯し,支援し,隠蔽する意図をもって業務記録を改竄し」たとして根拠となるDGLの証拠番号,コーエンのインボイスの日付,小切手の日付・番号などを記載している。起訴状に挙げられた証拠物件の日付は,最初が2017年2月14日,最後が同年12月5日である。

 起訴状には具体的な説明がないため,起訴状を見ただけでは犯罪の内容はわからないが,ブラッグDAが書いた4月4日付の陳述書(Statement of Facts, IND-71543-23,全文13ページ)には,「被告が2015年8月から2017年12月までの間に,事件をもみ消し,被告に関する不利な情報を特定して買い取るための工作を周到に準備し,①州・連邦の選挙関連諸法違反,②被告が所有する在ニューヨーク企業の業務記録改竄,③税目的のため金銭支払いの真の目的の改変,を行った」と書かれている(陳述書第2パラグラフ)。

 同陳述書によると,被告が支払った口止め料は3件ある。①被告に婚外子がいるとの偽情報を売り込んだトランプタワーの元ドアマンに3万ドル,②不倫関係を主張したプレイボーイ誌の元モデル,カレン・マクドーガル(陳述書ではWoman 1)に15万ドル,③ポルノ女優ストーミー・ダニエルズ(同Woman 2)に13万ドルだが(同第10~第44パラグラフ),訴因となったのは③のみである。

ブラッグDAが挙げた訴因に対する議論

 ブラッグDAが挙げた訴因の中で,議論となっている一つが選挙法違反である。起訴を非難する論者は,ニューヨーク州の検察は連邦選挙法の訴訟を起こしたことがないだけでなく,そもそも連邦選挙法はニューヨーク州検察の管轄外だと主張する。また,選挙資金を使って婚外関係のもみ消しを図ったジョン・エドワーズ大統領候補に対する2012年の裁判で,証拠不十分で起訴が棄却された例を挙げ,今回の起訴も今後の公判には耐えられないのではないとも指摘されている。もし起訴が取り下げられれば,被告の「起訴は魔女狩りだ」との非難を正当化することになるとも批判されている。

 ブラッグ(注1)は前任者サイラス・バンスの後任として2022年1月1日,48歳でDAに就任し,現在までに29の個人と企業を117件の重罪で告発している。WPのコラムニスト,ジェニファー・ルービンは4月5日付WPで,「ブラッグDAはまだ手の内をすべて明かしていない。起訴を中傷したり,無視するのは時期尚早だ」と主張する。またNYTのデビッド・レオンハート記者は,口止め料問題を軽視し,前大統領が米国の民主主義を攻撃したアトランタ事件や連邦議事堂襲撃事件の方がより重要だと4日付NYTに書いている。

[注]
  • (1)ブラッグDAはニューヨーク市マンハッタン区ハーレムで生まれ育ち,ハーバード大学を卒業(BA,JD)。ニューヨーク州司法長官等を経て,2021年11月の選挙でニューヨーク郡のDAに選出された初のアフリカ系アメリカ人(所属政党は民主党)。ブラッグがDAに就任した際,前任が進めていたトランプ起訴を見送ったことで2人の検事が抗議して辞任し,ブラッグは非難を浴びた。今回の起訴はブラッグDAの執念が実ったことを示しているが,詳細は本誌2022年5月9日付No.2530「トランプ人気とトランプ疑惑」を参照されたい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2918.html)

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