世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2805
世界経済評論IMPACT No.2805

ヒトとデジタルのインターフェース:WEB3.0? もう古いよ

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2023.01.09

 WEB3.0はブロックチェーンを使った分散台帳で仮想通貨や電子媒体有価物のNFTに価値を与える「コト」事業である。一見,ハイテクで高尚に見えるが,WEB3.0の代表である仮想通貨やデジタルアートのビジネスモデルはパチンコビジネスである。パチンコ台(ブロックチェーン)とパチンコ玉(NFT)は分散管理されている。出玉はカウンターで「換金(関東の表現)」といえば香水やお菓子の箱(これぞトークン)に変わり,それを換金所(仮想通貨交換業者)で現金にする。つまりWEB3.0はパチンコ・パチスロ産業を拡張したモデルと思えば理解しやすい。

 WEB3.0で意識的に無視されていることはそのインフラである。ブロックチェーンは多数の高性能サーバーを使って演算を繰り返し通信網で連結する「物理的」設備とそれを支える大量の「電力」を整えなければならない。また,「分散台帳(Distributed Ledger Technology)」という言葉から,まるで各々のオフィスのサーバーにデータを保存するようなイメージがあるが,NTTの関連WEBから判る様に電気を大食いするデータセンターをいくつも必要とする。WEB3.0は流動的に扱える資産を想定しているので電気の力で電子の配列を制御して揮発性メモリのDRAMに「一時的」な記録をする。揮発性なので電磁気的障害,例えば落雷によるサージ電流などで容易にデータが破壊される。ブロックチェーンでは,WEBネットワークのあちこちにサーバーを置き,これらの記録を数分から十数分おきに書き換えることによりデータを「保持」しているのでデータが失われることはないと謳い文句を宣伝している。しかし,大規模太陽フレアが地球を襲うことが予想され,その際に地球規模の停電が懸念されていることから,ブロックチェーンは安全な資産保持方法と考えるのは無理がある。映画「ブレードランナー2049」は地球規模の大停電によりすべての電子データが消失したということがストーリーの彩を織りなしている。すなわち,公共財としての安定した電力インフラと通信網が存在することがブロックチェーンの大前提なので,意外に脆い恐れがある。先端技術と振る舞っている割にはアナログな従来技術に全面的に頼っていることを理解していただけるだろうか。

 WEB3.0は手っ取り早くお金を儲けたい銭がめマーケッターのお祭り騒ぎ的ビジネスであるが,今,eSports,WEBゲーム,医療などのギョーカイはヒトとデジタルのインターフェース(=生体センサー)実現に血眼になっている。その理由は,2021年後半からメタバースとアバター技術開発において,従来の生体センサーでは普段使いできる生体センサーが実現できていないと認識され始めた。Meta(Facebook)のメタバースがドッチラケだったのは,動画が昔の漫画チックな技術(例えば20世紀のPeanuts TV Show)の焼き直しにしか見えなかったプアさからである。COVID-19パンデミック初期に流行したゲーム「あつ森」の方が遥かに高度なことが可能であったからMetaのメタバースは発表の瞬間から「オワコン」だった。他方,数多くのベンチャーが競っているカメラを使った3次元モーション・キャプチャーも,マリオネット的なモデルをソフトに組み込んだシミュレーションCGで20世紀後半から映画などの画像制作で使われている技術である。今後必要なのはヒトの活動そのもの,脳波や関節ひねりなどをデジタル化するセンサーである。装着しても鬱陶しくないセンサーである。eSportsの例では,瞬きで脳の疲れを判定,あるいはアバターに疲労を投影しようとしても良いセンサーがなかった(眼鏡に組み込んだカメラは使えないとのことである)。

 ヒトの活動を支配するのは生体内化学反応とそれに伴う電気信号の変化である。最近の生化学研究では脳神経の働きは量子的であるという報告もあるが,それはさておき,ヒトの活動をデジタル化するには電気的に補足することが必要である。従来,心電(ECG),脳波(EEG),筋電(EOG/EMG)をキャッチするために使用されるセンサーは主に塩化銀,銀といった金属チップである(炭素シートは面積が大きく,使い捨て型がほとんど)。ところがこれらのセンサーから得られる電気信号はノイズが多く,プログラマーの情報交換WEBサイトGitHubでもノイズの中から目的の信号を拾い出すプログラミングが主流である。金属(または金属不純物を含む)センサーは物質の基本性質から電気化学的反応現象の「分極」を回避できないため,さすがに深層学習AIも役に立たないのである。微弱である生体信号が分極により発生する電子の流れに埋もれてしまうためである(分極はベースラインもずらしてしまう)。

 そこで21世紀初頭から注目されたのがカーボンナノチューブ(CNT)とフラーレン(Fr)のナノ炭素材料である。これらは原理的に分極を起こさない上に炭素シートと比べて数桁以上,導電性が高い。しかし,CNTはサイズがバラバラで集合体として電気的性質が安定しない,Frは高純度に精製しても2種類の混合物(価格がダイヤモンド以上)なので性質が純銅のように単一にならないといった難点があった。CNTやFrを樹脂に混練してセンサーにする論文報告は数十に上るが,センサー材料を樹脂で希釈しているので感度がガタ落ちになり,せいぜい実験室の研究結果として学術研究的価値しか示されなかった。その中でも産総研とそのアイデアを使ったヤマハ(楽器)がCNTを積層シートにして歪センサーを作成・報告,デモンストレーションしたことは非常に画期的であった。ところが積層したCNTが断裂することによる電気抵抗変化を拾ってセンシングしていたので,ベースライン(基準点)が変わる,断裂部分は自己修復しない,つまり徐々に劣化するということから「装置」部品として致命的な欠点を有していた。

 このナノ炭素材料の課題を合成方法から見直し,課題を解決して感度の良い画期的CNTセンサーがついに登場した。手前味噌であるが,筆者がアドバイザーを拝命しているベンチャーの生体信号センサーは,サイズの揃った高純度のCNTを絹糸のように「糸」に紡ぐことでユーザーが求めていた理想的性能を発現する物となった。そのため,2019年から国立医薬品食品衛生研究所が屠殺を不要にする動物試験方法を開発するプロジェクトに採用,2022年1月に動物実験結果を論文発表した。この論文を下に国内のある主要動物研究機関が脳の働きを調べる目的でこのCNTセンサーを使うことになった。アルツハイマー治療薬などの開発競争が激化する中で,客観的な数値評価を得られる手法として注目されている。その後,2022年12月には都内の超有名大学病院の集中治療室で監視モニタリングに使われる,英国Ulster大学のヒト・モニタリング・プロジェクトと応用開発の協議を始めるなど,内外の関連研究機関に注目・採用され始めている。また,運動やeSportsの疲労計測などの測定にも採用する動きが始まっている。ゲームではスーパーマン的アバターしか存在しないが,プレーヤーの「疲れ」をアバターに反映させることが可能になり,より一層,現実に近づいたゲームが開発されるだろう。

 このCNTセンサーについて,2022年7月1日に日本毒性学会年会の特別セッションで筆者が講演した内容を下に,その後の進捗を含めて詳細を「世界経済評論」誌の「劇論Society5.0」で報告させていただく所存である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2805.html)

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