世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2798
世界経済評論IMPACT No.2798

2022年は欧州の欺瞞が暴かれた年である:WEB3.0? もう古いよ

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2022.12.26

 2022年は21世紀に繰り返されてきた欧州の特にドイツを中心とした欺瞞が暴かれた年であった。我国の政治経済に大きく影響を与えるマスコミも信頼性を問われる事になった。

 筆者は日経新聞と日経ビジネス電子版を我国で一番まともなメディアと思っている。それを踏まえた上での以下の話。なお,ESG/SDGsについて興味深い論説「建前と偽善の米国左派」が日経新聞12月21日オピニョン欄に掲載され,下記と関連するのでバックナンバーでご参照いただきたい。

 日経新聞の記事の多くはいわゆる「投げ込み」を下に構成されている。日刊工業新聞と被る記事が多いので独自取材でないことが判る。日経記者の中には業界や研究者のグループに「潜入・参加」して深堀りや先端の記事をものにする研究熱心な方もいるのだが,欧米崇拝記事が多いことも確かである。その最たるものが率先して世論誘導を行ったESGや脱炭素である。SDGsなど日本ではあたりまえで空気の様な存在のものが多いが上から目線で解説するという愚を犯している。

 欧州の都合で始まった温暖化ガス削減やEV推進など肌感覚で違和感を感じる記事が多い。温暖化の基準点など明確に恣意的である。1816-17年は欧州で夏に降雪が記録され,1850年が小氷期の終わりとされている。我国でも1830年代は冷害による天保の大飢饉の時代である。産業革命直前は寒かった。シャーロック・ホームズの活躍する19世紀後半でも紳士は真夏にコートを羽織っていた。多くの専門家や研究者が根本的な矛盾を指摘しているにも関わらず,メディアでは盲目的にESGを推進することを最新鋭,美徳とする傾向が見て取れる。言い出しっぺのドイツがウクライナ戦争で露呈したエネルギー供給混乱から判るように,自然エネルギーの転換は火力原子力のバックアップ無しでは混沌状態に陥る。苦し紛れに大気汚染の原因であるNOX,SOXの排出量が極めて多い旧式の火力発電所を次々に復活させている状況である。近いうちに太陽光パネルや風力発電のブレード(複合材料)の廃棄も世界的課題になるだろう。ドイツはこれらの廃棄物も悪名名高いプラゴミ輸出廃棄事件のように発展途上国や中国に押し付けて「いい子」を演じるのだろうか。この様な現実にもかかわらずESG債を推奨することが社会を利するとは思えない。

 EV計画は早晩見直しが始まるだろう。第一に積載電池容量で勝負に出ている欧州自動車産業が必要とするニッケルやコバルトの価格上昇が炭酸リチウムと共に止まらない。トータルの環境負荷は運動エネルギー(質量×速度の2乗÷2,または質量×加速度×移動距離)に比例するにもかかわらず,電池を大量に抱えた車重2トン超のEVポルシェの加速力が抜群で素晴らしいと喧伝する自動車評論家(おそらく文系出身)は勉強が全く足りない。ESG目線で遥かにグリーンな日産サクラと比較の記事を書いてみてはどうだろうか。第二に化学反応装置である二次電池の超高速充電は電池寿命を著しく短くする。物理化学的に矛盾する充電操作を大々的に推奨する輩は,我国の統一規格「チャデモ」の技術的優位性を基礎から勉強することを推奨する。第三に,そもそも論として,電力が不足している一方で補助金を出してまでEVを推進する矛盾である。第四にEVの製造と利用はライフサイクルアセスメントで内燃機関に対して優位にならない。第五にリチウム電池のリサイクルを「エコ」に行う技術が見つかっていない。この分野では日本の企業がかなり頑張っているが,電池から原子番号3のリチウム単離(精製して取り出すこと)は化学反応論的にかなり難易度が高い。リチウムの再資源化技術開発を無視して電池を普及させた中国が経済的に強いのはあたりまえである。中国の世論操作に踊らされないために,これらの論点はWEBに専門家の解説が多数掲載されているのでご参照いただきたい。

 科学技術の常識からかけ離れたニュースを垂れ流すのは,案外,我国の理系割合が低いことと関連していると考えられる。文科省によると2021年の大学入学者文系理系比率は,理工系17%,農医歯薬保険を入れても2020年度で約35%である。英独韓米はそれぞれ45,42,42,38%である。理工系人材の観点から見ると厳しい状況でありマスコミ業界を目指す理系出身者は極めて少ない。加えて最近の大学では猫も杓子もIT人材の養成に精を出しているので,「モノに触る」教育と訓練が明らかに減っていてマスコミ業界以外でも暗い将来を予感しなければならない。理系軽視の過去悪例として,金食い虫で成果が出ていないという理由でオバマ元大統領が「木星計画」を打ち切った。この予算に大きく依存していた米国の材料研究が大打撃を受けた。それが尾を引いていて米国の新規材料研究は未だに脆弱である。合金クラッドなどの技術は宇宙航空軍用技術として米国にとって重要であるにもかかわらず日本の方が進んでいたりする。

 日本の政治経済,社会のルールを決める分野は圧倒的に法学部出身者で占められている。加えて,昨今の理系博士課程の不人気である。各分野の調査研究の積み上げで構築されるべき国家戦略は政治的駆け引きで決定されることが主であり,その渦中に入り込む方が利益も多い。甘言無しで言えば,大学院修士終了までの6年間を理系で遊ぶ暇もなく苦労するよりも,バイトをしながら4年間で卒業して霞が関キャリアや大企業に就職する方がコスパとタイパがはるかに良いのである。ITエンジニアを増やす,リスキリングをすすめると言っても技術開発のリソースになりえない。タイパの劣ることを覚悟で小学校から算数・数学をしっかり教えるようにしない限り理工系は増えないだろう。歴史をみれば,戦前の軍部の暴走を決定づけた二・二六事件の青年将校は政治的駆け引きに陥っていた政治家や利潤だけを追求する経済界を糺そうとした。中身のない流行を追うだけのマスコミやそれに乗じて騒ぐ政治を変えないと昭和初期と同じことが極右極左運動という形で再出現するだろう。

 前置きが長くなったが,2023年前半はWEB3.0関連の記事が日経の紙面を度々飾ることになる予感がする。しかし,WEB3.0は既に新しくもなくワクワクするものではない。WEB3.0はマーケッター的囃子言葉,メルケル前首相が唱えたIoTとインダストリ4.0の二の舞になりそうである。インダストリ4.0は結局カンバン方式を電子化しようとしただけの空々しい言葉であった。逆にIoTでサプライチェーンを繋ぐことは,国レベルの組織が攻撃してくる悪徳ハッカーの標的になりやすく,かえってDiscrete(数値計算で「不連続」の意)なネットワークの方が安全ということが生じている。WEBが統合的に繋がっていることを前提としているWEB3.0はハッカー攻撃の問題を解決しない限り苦しい展開になるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2798.html)

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