世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMCフェニックス工場の設備搬入式典:線幅3nmウエハーに追加投資も
(九州産業大学 名誉教授)
2022.12.19
2022年12月6日,アメリカ・アリゾナ州に設けたTSMC(台湾積体電路製造)フェニックス工場の設備搬入(first tool-in)式典に,バイデン大統領,ジーナ・ライモンド商務長官,ケイト・ガジェコ フェニックス市長などの政府高官と,ティム・クック氏(アップル社最高経営責任者),ジェン・スン・フアン氏(NVIDIA社長・CEO),リサ・スー氏(AMD社CEO)などの業界の重鎮,張美琴(台湾駐米大使),王美花経済相などの台湾政府高官など計300人以上が出席した。
TSMCのフェニックス工場の開設の意義は,“Made in USA”を再興できることにある。グローバリゼーションによる国際分業によって,アメリカは人件費の高騰も相俟って,製造業の“灯”は消えつつあり,企業の生産拠点は中国や東南アジアにシフトするようになった。TSMCのフェニックス工場の開設は,台湾有事が発生した場合でも,安定した半導体供給が得られることから,アメリカ側の期待は大きい。当日,フェニックス工場には多くの星条旗が掲げられ,横断幕には「アメリカ製造の未来,アリゾナフェニックス」と書かれ,TSMC進出に沸くアメリカの様子が垣間見えた(【LIVE】美國總統拜登出席台積電亞利桑納美國廠上機典禮全程完整直播|民視快新聞|)。
2026年に線幅3nmウエハー工場を追加投資
式典の冒頭で,TSMCの劉徳音董事長(マーク・リウ会長)は,来賓歓迎の辞を述べた。「TSMCは2020年から120億ドルをフェニックス工場に投資し,線幅5nm(ナノメートル)から4nmの半導体ウエハー工場を立ち上げ後,400億ドルまでに投資を増やし,2026年には線幅3nm対応の半導体ウエハー工場を立ち上げる。2つのウエハー工場の完成後は,毎年60万枚以上の半導体ウエハーを製造,年間売上高は100億ドルに達し,顧客には年間400億ドルの売上高をもたらす。また,2つの工場は1.3万人の高度人材の雇用機会を創出する。そのうち,TSMCは4500人の雇用機会を提供し,残りの雇用はTSMCのサプライヤーなどから生まれるものだ」と満面の微笑を浮かべて述べた。TSMCのアリゾナ州への投資は,同州史上最大の投資案件である。
TSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)は挨拶の中で,「フェニックス工場はTSMCがアメリカで設けた最先端の半導体工場である。我々が最初にアメリカに設けた半導体工場は,1995年のワシントン州キャマス市(Camas)の半導体工場だ(筆者注:この投資は失敗し,TSMCは大きな損失を蒙った)。当時,わが社は設立後8年で,世界最大のファウンドリーになった時期でもあった」,「アメリカでの半導体生産は我々にとって夢でもあった。それに備えて全世界から来た1000人の従業員が研修を受け,夢の実現に向けて,準備を始めていた。そして今日の成功がある。この成功は大変大きな意義があると考えている」と述べた。
モリス・チャンは,半導体の設計,製造,封止・検査の“水平分業”の中で,「ファウンドリー」という半導体の製造に特化するビジネスモデルを考案した。当時,多くの半導体IDM(垂直統合)企業からは,「このニッチビジネスは成功しないだろう」と冷ややかに見られていた。しかし,グローバリゼーションによる国際分業の加速はモリスのビジネスモデルを成功へと導いた。現在,日米欧や中国は地政学上の理由から,自国に半導体製造のサプライチェーンを構築しようと躍起になっている。モリスは「この27年間,半導体業界は地政学上の大きな変化に直面した。グローバリゼーションによる自由貿易も終焉を迎えようとしている。多くの人々はグローバリゼーションの回生に期待するが,戻ることはないだろう」と述べた。米中新冷戦において,TSMCがアメリカ側の陣営に立ったことを表明したに等しい。
バイデン大統領:ソフィーは私を変化させた!
式典の後半に姿が現わしたバイデン大統領は挨拶の中で,「アメリカに製造業が戻った!」と自らの誘致業績を喧伝した。「皆様,“Made in USA”は戻った! いままでアップルは,iPhoneやMac Bookに使う最先端の半導体チップを海外から購入し,競争力を高めてきたが,今,多くのサプライチェーンがアメリカに戻り,ゲームルールに変化が出始めている」,「アメリカは世界一流の労働力を擁し,TSMCの工場では3000人以上の従業員が製造に携わる。TSMCは持続的に投資を続け,その総額は400億ドル以上にのぼる。さらに多くの企業がこの事業に参加するために投資を行っている」。「アメリカはすべての製造業で再び全世界をリードすることはできないかも知れないが,少なくとも企業の製造拠点は回帰している」と満面の微笑で述べた。
また,バイデン大統領は「モリス・チャン,あなたは全世界に変化をもたらした。しかし,Sophie(筆者注:モリスの妻・張淑芬の英文名はソフィー・チャン),あなたは私を変化させた!」と述べ,出席者を驚かせた。
この挨拶でバイデン大統領はあるエピソードを披露した。バイデン大統領が1973年のデラウェア州選出の連邦上院議員の選挙の際,ソフィーは華人コミュニティにおけるバイデンの重要な支持人物であった。当時,ソフィーの娘が通う小学校の行事にバイデン氏が度々参加し,華人コミュニティに友好的な姿勢を示した。バイデン氏が連邦上院議員に出馬を公表したあと,ソフィーはバイデン支持のボランティア活動に参加し,結果,バイデン氏はアメリカ史上6番目に若い上院議員として当選を果たした。その後,2人は連絡を交わすことは無かったと言うが,1973年当時の若きバイデン大統領とソフィーが写った写真が残されている。
ジェン・スン・フアンCEO:3つの奇跡
Nvidiaのジェン・スン・フアンCEOは独特の黒色皮ジャンパーのスタイルで演壇に上がり,「TSMCが創造した3つの奇跡」を披露した。「TSMCは世界最大のファウンドリーであるが,TSMCの貢献は単にウエハー製造だけでなく,3つの奇跡を創造したことだ。それぞれの奇跡は信じられないほど偉大なものである。最初の奇跡は,1000社以上の顧客がデザインしたオーダーメイドに対し,TSMCは異なる設計で受注したチップに対応した製品を提供したことである。第2の奇跡は,受注生産する半導体チップは,顧客のニーズに合わせて,大量生産や少量生産にも対応が自在であること。第3の奇跡は,物理的極限に挑戦し,他社が達成できないことを実現したことだ」。そして,「半導体チップにソフトを加え,人類に進歩をもたらした。半導体の未来は人類の未来であり,TSMCは未来への発展の礎石を構築した」と絶賛した。
リサ・スーCEO:モリスは業界の偶像
AMDのリサ・スーCEOは,「AMDはTSMCフェニックス工場の最も大きな取引先となるだろう。AMDはTSMCの全ての生産システムと緊密連携し,フェニックス工場での量産化をいち早く実現させたいと考えている。これはAMDとTSMCのパートナーシップに基づくものである」と述べた。
リサがAMDに参加した当初,ある人からAMDのビジネスについて訊かれ,「チップを設計する」と返事した。「その人はAMDをポテト・チップ関連の企業と勘違いした」と言って,出席者の笑いを誘った。
また,「近年,人々は半導体チップとはどんな部品であると知るようになった。チップはデジタル・サービスと製品で日常生活に重要な役割をもたらした」,「創業者のモリス・チャンは,ファウンドリーのビジネスモデルを考案した半導体業界における偶像だ。今日,TSMCはすべてのファブレス企業にとって最も重要なパートナーだ」と称賛した。
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