世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
台湾の統一地方選挙,与党・民進党の惨敗
(九州産業大学 名誉教授)
2022.12.05
与党・民進党惨敗
これまで,台湾の総統選挙や統一地方選挙に際して筆者は,現地入りして選況を肌で感じ取り,選挙の趨勢を見ることを常としてきた。これは台湾研究者(ウォッチャー)の責務でもある。
去る11月26日の投票当日,筆者は台北市内でタクシーに乗り運転手と世間話をしたが,統一地方選挙が話題になり,「何故今回の統一地方選挙は盛り上がりに欠けるのか? 何故か?」と聞いてみた。選挙といえば,候補者名のポスターや幟・旗が町中に充満し,雑踏には1票を投じて欲しいと呼び掛ける宣伝車のマイクから大きな声が伝わってくるものだ(日本の選挙よりも遥かに活気がある)。しかし,今回はなんとなく白けている雰囲気が感じられる。タクシーの運転手も「何故でしょう?」と首を傾げる。
与党にとって,これは何とも無気味で,不安を掻き立てるものだろうと筆者は感じた。案の定,この夜の開票の結果,与党・民主進歩党(以下,民進党)は大敗を喫した。21の県知事・市長(嘉義市は候補者の急死により,別途選挙を開催,12月18日に投票予定)のうち,民進党は僅か南部都市の高雄市(陳其邁)と台南市(黄偉哲)の2つの直轄市(6大重点都市)の市長,嘉義県(翁章梁),屏東県(周春米),離島の澎湖県(陳光復)の3つの県知事のポストを獲得するに留まった(括弧内は市長や県知事の当選者名)。マスコミはこれを“惨敗”と表現した。
他方,野党の中国国民党(以下,国民党)は台北市(蒋萬安),新北市(候友宜),桃園市(張善政),台中市(盧秀燕)の4つの直轄市の市長,県轄クラスの基隆市長(謝国樑)および新竹県(楊文科),彰化県(王恵美),南投県(許淑華),雲林県(張麗善),宜蘭県(林姿妙),花蓮県(徐榛蔚),台東県(饒慶鈴),離島の連江県(王忠銘)の県知事の合計9つのポストを取得した。“第3の党”の台湾民衆党(以下,民衆党)は新竹市長(高虹安),無所属は苗栗県(鍾東錦)と離島の金門県(陳福海)の県知事のポストを取得した。政治的版図は「地方(野党)が中央(与党)を包囲」する結果を迎えた。
今回の選挙を台湾では「九合一選挙」と呼び,直轄市長,直轄市議員,直轄市里長,直轄市山地原住民区長・区民代表,県市長,県市議員,郷鎮市長,郷鎮市民代表,村里長の9つの選挙が実施された。ちなみに,今回の全国得票率は政党別に,国民党37.84%,民進党33.79%,民衆党4%となっている。また,今回の統一地方選挙の直轄市(6大重点都市)における市長選挙(台北市,新北市,桃園市,台中市,台南市,高雄市)の投票率は59.86%,残りの15の次要都市の県知事・市長選挙(基隆市,新竹市,新竹県,苗栗県,彰化県,南投県,雲林県,嘉義県,屏東県,金門県,連江県,宜蘭県,花蓮県,台東県,澎湖県)の投票率は64.20%である。
その夜の記者会見で蔡英文総統兼民進党主席は,与党の“惨敗”の責任を取り民進党主席を辞職する意向を表明した。他方,蘇貞昌行政院長(首相に相当)も辞任を表明するが,民進党の安定と団結,党務維持のため,蔡総統はこれを慰留した。
この統一地方選挙と同時に行われたのが,憲法に記載された投票年齢を20歳から「18歳公民権」(選挙の投票年齢を18歳に引き下げる)の修正案投票である。投票数は1,134万5932票,投票率は58.97%であるが,有効同意票は564万7102票,同意しない票は501万6427票である。要するに,有効同意票は「選挙人総数の半数」(961万9697票)を越えないため,憲法修正案は認められない結果となった。
政党版図の変化:「“緑”(地)から“藍”(天)」
今回の統一地方選挙は,政党版図から見ると,民進党の県知事・市長は選挙前の7から選挙後は5に減少した。また民進党が台湾北部で掌握してきた直轄市の桃園市,県轄市の基隆市,新竹市のポストはいずれも失う結果となった。台湾中部の選挙は,4年前と同じく全敗した。
民進党は,台湾中部の「濁水渓」以南で支持層が厚いことが知られており,台湾南部の嘉義県,台南市,高雄市,屏東県を引き続き掌握した。唯一“敵の陣営”から奪い取ったのが,離島の澎湖県知事のポストである。
4年前(2018年)の統一地方選挙で,国民党は15の県・市でポストを獲得した。その後,韓国瑜高雄市長の罷免投票により(2020年6月12日をもって罷免が成立),民進党の陳其邁が市長の座を取り戻した。前述の嘉義市長選挙の延期を除いて,国民党は計13の県知事・市長の席を獲得した。マスコミは民進党のシンボルカラーの「緑」と国民党の「青」(藍)をもって,「緑地変藍天」(緑地から藍天に変わった)と報じた。ちなみに,民衆党のシンボルカラーは「白」だ。
首都・台北市柯文哲市長(元台湾大学医師,民衆党党首)は続投せず,後任に黄珊珊(前・台北市副市長)を擁立した。対する国民党の候補者は,蒋介石元総統のひ孫・蒋萬安で,若く,イケメンで,ペンシルベニア大学で法学博士号を取得した秀才で,且つカリフォルニア州の顧問弁護士資格を所持し,法律事務所で勤務経験を積んだ立法委員(国会議員)でもある。他方,民進党は陳時中(前・衛生福利部長(大臣),コロナ対策最高責任者)を擁立,氏のコロナ対策の司令官としての知名度を使って,政権奪回を試みていた。三つの巴の激戦の結果,蒋萬安が得票数は57.5万票で得票率42.29%,陳時中は43.4万票で同31.93%,黄珊珊は34.2万票で同25.14%で,蒋萬安が市長に当選する。
新北市長選挙は現職の候友宜市長(国民党)は安定的な強さを示した。投票率は55.57%であるが,同氏は115万票を獲得し,民進党の候補者で元交通相の林佳龍の得票数46万票を大差で破り,予想通りの大勝を収めた。
また,国民党は8年間にわたり,民進党が政務を続けた基隆市と桃園市のトップの座を奪い取った。桃園市長選挙に民進党は新竹市長の林智堅を投入したが,林氏の修士論文に他人の論文から盗用が発覚し,台湾大学と中華大学は同氏の修士学位を無効とした。民進党は林智堅に代わりに立法委員の鄭運鵬を投入したが,国民党の張善政に敗れた。他方,新竹市長選挙に民進党は新竹副市長の沈慧虹を投入したが,民衆党の高虹安に敗れた。民衆党の立法委員(国会議員)で,鴻海集団の副総経理を歴任した高虹安は,選挙前に博士論文の著作権に関する訴訟,立法院の助手手当の私物化などで訴えられたが,45%の得票率で新竹市長の座を勝ち取った。
基隆市長選挙前におけるアンケートでは,国民党の候補者謝国樑と民進党の候補者蔡適応は互角との予想であったが,最終的に謝国樑が9.6万票,得票率56.92%で勝利した。
その他,元・国民党員の苗栗県議長の鍾東錦は,国民党から党籍の除名処分を受け,無所属の身分で,民進党,国民党,時代力量の候補者を破り,苗栗県知事の席を取得した。
国民党の牙城と言われた離島の澎湖県知事選挙では,民進党候補者の陳光復が政権を奪取し,「“藍”天(国民党支配)を“緑”地(民進党支配)」に変えた。
元・金門県知事・陳福海のトップの座は,4年前に国民党の立法委員(国会議員)楊鎮浯によって奪われたが,今回,無所属で参選,ポストを奪い返し“復讐”を果たした。
【追記】
統一地方選の嘉義市長選は,候補者の一人が死去したことに伴い12月18日に投票が延期され,国民党から出馬の黄敏恵氏が当選した。これにより与党民進党は5つのポスト,野党では,国民党が10ポスト,民衆党が1ポストを得る結果となった。
(筆者2022年12月25日追記)
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