世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米中間選挙結果:トランプ離れの始まり
(桜美林大学 名誉教授)
2022.11.28
クリントン大統領以来の好結果
11月10付ワシントンポストによると,1966年のリンドン・B・ジョンソン政権下の中間選挙以来,民主党の新大統領は上院で平均5議席,下院で45議席を失っている。これに対して今回の中間選挙で,バイデン大統領は1998年(クリントン政権2期目の中間選挙)以来の成果を挙げた(注1)。
ニューヨークタイムズによると,日本時間の11月25日現在,上院は民主党50議席,共和党49議席(残り1議席)で,民主党が多数派を維持し,下院は過半数を共和党に奪われたが,民主党213議席,共和党220議席(未確定2)で,共和党との議席差は現在7議席に留まった(注2)。
上院の民主党は改選議席14をジョージア州の決選投票に勝てば全勝とし(注3),さらにペンシルバニア州で5月,脳卒中で倒れた州副知事のヘッターマンが再起し,トランプが支援するオズを破ったことが大きい。また,弱いとみられていたネバダのキャサリン・コルテス・マスト,ニューハンプシャー州のマギー・ハッサンの再選も上院の民主党勝利に大きく寄与した。
州レベルの選挙では,ミシガン州が数十年ぶりに知事,州上院,州下院を民主党が奪回した。トライベッカと言われるこの三冠達成は,コロラド,マサチューセッツ,オレゴンなど多くの州で見られた。これも今回の特色である。
州知事選で最も注目されたアリゾナ州では大接戦の末,州務長官の民主党ケイティー・ホッブスが強烈なトランプ派のカリー・レイクを3万票差で破った。ペンシルバニア州知事選でもトランプが支援した「中絶者は犯罪者だ」と主張する共和党のマストリアーノが,民主党のシャピロ(州司法長官)に大差で敗れた。マストリアーノは2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件があった日,選挙資金を使ってバスを仕立て,トランプ支持者をワシントンに送り込んだ人物である。
ミシガン州でも現職の民主党グレチェン・ホイットマー知事が,トランプの支援したチューダー・ディクソンを初の女性対女性の選挙で破った。今回の州知事選では女性知事が多数当選しているのも特色だ。ウイスコンシン州でもトランプが支援したティム・マイケルズが民主党のトニー・エバーズに敗れたが,同州の上下両院は共和党が多数派となった。
「最大の敗者はメディア」
米国の世論調査は,共和党が9月以降優勢の度を強め,選挙直前には共和党は上下両院で多数派に返り咲くと予測した。ワシントンポストのコラムニスト,キャサリン・ランペルは投票前日の7日,「民主党は両院ではないにしても,いずれかの院で痛ましい敗北に向かっているようだ」と書いた。また,ニューヨークタイムズ(NYT)の首席政治アナリストで,定評のある世論調査サイト「ファイブサーティーエイト」を運営するネイト・コーンは,11月5日付のNYT購読者限定のニューズレターで「共和党の上院得票率は民主党を2ポイント上回る」と書いた。
米国の世論調査機関は2016年の大統領選挙予測で大失敗を犯したが,今回も失敗を重ね,分析の質は依然十分に改善されていないようだ。今回の選挙で最大の敗者はメディアだと言われるのも,そうした背景がある。また有権者が何を重視しているかについても見誤りがあった。「インフレが国民にとって最重要課題であるのに,バイデン大統領は妊娠中絶や民主主義への脅威にばかり関心を向けている。1992年の大統領選挙で,クリントン民主党候補がブッシュ共和党大統領を破った時の決めぜりふ(問題は経済なのだ。そんなこともわからないのか)をバイデンにも言いたいとの声も出ていた。
「赤い波」はさざ波となった
しかし,選挙結果はメディアの予想とは違った。今回の物価上昇でも,1970年代のオイルショック当時ほど大きく与党の議席に影響せず(与党の議席減は1974年が下院48,上院5,1978年が各15,3),逆に中絶禁止や民主主義に対する危機感が反共和党票を増やした。カリフォルニア,ミシガン,バーモント,さらに伝統的な共和党州であるのケンタッキーとモンタナの各州では,中間選挙と同時に行われた中絶禁止の州憲法改正案が否決された。
若い世代の投票も影響した。11月13日付ワシントンポストに掲載されたジェニファー・ルービンの記事によると,タフツ大学情報調査センターが18~29歳の党派別支持率を調べた結果,民主党63%,共和党28%であった。投票率は全米で27%だったが,フロリダ,オハイオなどの激戦州のそれは31%と高かった。27%の投票率は2018年の31%には及ばないが,過去30年で2番目に高い投票率であり,これはバイデン大統領の奨学金返済免除政策や下院1.6調査委員会の公開公聴会が関係しているとみられる。
なお,ヒスパニックが民主党離れを起こしているとのメディア報道にも異論が出ている。フロリダのヒスパニックにはその傾向がみられるが,ネバダ,アリゾナ,コロラドなどラテン系が多い州は今もブルートレンドが続いているという。今後の正確な検証が必要だろう。
共和党による原因究明とトランプ離れ
共和党内部でも共和党が不振に終わった原因は,①候補者,②党の選挙メッセージ,③トランプの支援,に問題があったとし,これらを究明する動きが出ている。トランプが支援した候補者の多くが落選し,接戦州の知事,州務長官選挙で選挙否定論者は誰一人当選しなかった(注4)。選挙否定論者が落選すれば,選挙結果が争われ,米国の民主政治の先行きが懸念されると言われたが,こうした落選者で選挙結果に異論を唱えたのは,今のところカリー・レイクだけである。レイクは11月17日,あらゆる手段を模索して敗北と戦うとのビデオ声明を出した。
11月15日夜,トランプは2024年大統領選挙への出馬を表明したが,NYTは「演説はとりとめのないもので,中間選挙のまずい結果はトランプの責任だとする共和党の懸念を全く無視し,州や連邦政府による多くの犯罪捜査から自分を守ることだけを考えている」と批判した。11月14日付のウォールストリート・ジャーナルは社説で,共和党に損失をもたらし,進歩的左派を力づけた張本人はトランプだと非難している。
リンゼイ・グラハム上院議員(サウスカロライナ州選出)はトランプに出馬声明を遅らせるように忠告したが,トランプはこれを無視した。トランプは2020年,2022年と2回,民主党に負けている,2024年に出馬すれば敗北は必至だから,出馬すべきではないとの意見もある。ジョージア州の上院決選投票にトランプが出てくれば状況を悪くするだけと考え,誰もトランプの支援を望まない。それでもトランプは30秒のテレビ広告を出した。共和党のトランプ離れの始まりは,2022年中間選挙が大きな契機となった。
[注]
- (1)1998年の中間選挙は上院の議席数は選挙前と変わらず,下院は5議席増となった。
- (2)NYTは下院の議席数を民主党213,共和党222(選挙前比10増)と予想している。
- (3)ジョージア州の上院議員決戦投票は12月6日に行われるが,民主党のワ―ノック候補は2021年1月に行われた決選投票で勝利しており,今回が2回目の決選投票となる。相手のハーシェル・ウォーカーはトランプが支援するが,中絶禁止を主張しながらガールフレンドに中絶を迫るなど問題視されている。
- (4)ニューヨークタイムズとワシントンポストの調査によると,選挙否定論者のうち中間選挙で当選したのは全体の約6割であった。
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