世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2749
世界経済評論IMPACT No.2749

「技術」と「技能」の相乗効果を目指そう:ベンチャー主体の人材育成策を考える

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2022.11.14

 一般的な用語法では「技術」と「技能」は特に区別されずに,日本では技術の中に技能的な要素を含めて使われることが多い。しかし経済学の用語法としては両者を厳密に峻別してかからないと、時として誤用に導くことになりかねない。というのは,「技術」は「科学技術」というように連結して使われることが多いように,科学的な裏付けを持った客観的な過程である。その背景には発明・発見に裏打ちされた,万人に共有されるべき科学的法則性がある。これにたいして,「技能」は一定の科学的根拠の上に立った人間の主体的営為の深化を表しており,上達や習熟,あるいは熟練といった言葉と連動して使われることが多い。いわば個々人の対象への能動的な働きかけによる自己陶冶の過程を表している。もちろん両者は深い連関の下にある。技能一辺倒では時代の科学的進歩から取り残されることになるし,反対に科学技術偏向に陥って技能習得の努力を怠ると,せっかくの最新鋭の高性能機械を使いこなせず,生産力の向上に結びつかないことにもなる。したがって両者の一体となった促進・展開が求められてくる。

 さて岸田内閣はIT技術を中心とする高度な人材の養成を強く打ち出している。これは中国やアメリカ,EUなど重立った国々で夙に推進されてきたことであり,高学歴社会を自認し,「ものづくり」大国を誇ってきた我が国にとっては今更ながらの感も拭えないが,いま改めて強調されるには新たな課題と問題点が伏在しているようにみえる。我が国の戦後の製造業の成功は,潜在力の高い高学歴新卒者を採用して,長期にわたる企業内の教育・訓練システムを活用してその技能度を高めて生産力を上げていくことにあり,その頂点に多くの下請け企業群を包摂する巨大企業があった。そこでは全体的な科学技術力を自己流に改変した個別企業の技術力と企業内での人材育成とがセットになって展開されてきた。つまり各社の独自の技術体系とその企業内での人材育成・技能習得システムによる陶冶である。そして強固なチームワークの下に高品質でありながらも相対的には廉価な商品を生み出し,相互に競い合い,市場を席巻していって,全体としての日本の生産能力の強さを支えてきた。これに対して,欧米においては科学技術は高等教育制度によって開発・育成・支援されていて,そこでの専門能力を高めるための技能力の陶冶は個々人が身につけていくものであった。しかも同一産業内では基本的には同一技術が使われるので,専門的な技能度を高めれば,他社においても通用することができる,いわば産業通貫的な性格を濃厚にもっていた。こうした日本流と西洋流の違いは前者の優位を際立たせ,日本流生産システムが世界を席巻する時代が一時期到来した。

 だがいま問題になっているIT技術とそれをこなせる人材育成にあたっては,産業通貫的なインフラ的要素が大きく,しかもこの社会は日進月歩の性格もあって,日本流の企業内独自技術の確立とそれに基づく技能収得・人材育成策が機能しにくい。しかも従来型の日本式技術・技能習得システムの隆盛に安住してきた政府の保守的姿勢と怠慢さがそれに輪をかけてきた。その結果,世界の趨勢から大きく立ち遅れることになってしまった。そこで重い腰をようやく上げて,急遽人材育成に焦点を当てることになったというわけである。だがその将来像は決して明るくはない。時代は「ものづくり」から「こと作り」へと移行し,IT化に伴う新しい科学技術力とそれを担う大量の人材の輩出を求めるようになっている。だがいち早くIT化の流れに乗ったアメリカ,EU,中国に追いつき,さらには逆転することは至難にさえ思われてくる。これまで根付いてきた日本方式の大胆な変革はそう簡単にはいかないからである。半導体不足に襲われた自動車産業が大慌てにかけずり回り,にわか仕立ての糊塗策に追われている姿を再度想起させるからである。

 だが失望することはない。これまでも技術革新の先陣を切ってきたのは,大企業ではなく,迅速かつ小回りのきく中小のイノベーターたちであった。これは世界共通の普遍的な特徴でもある。しかもそこでは技術と技能との結合が否が応でも強固とならざるを得ない。資金力と人材に恵まれていないことを逆手にとって,企業家精神旺盛な野心的経営者の指揮の下,焦点を絞った大胆な方向選択とそれに沿った不断の技能収得に励んできた伝統がある。もちろん不安定な経営基盤から,倒産に至ることも多い。だが熾烈な競争に勝ち抜いた中小のイノベーターたちには強靱な生命力や社内一丸となったチーム力が溢れている。それをいかに発揚させるかが極めて大事なポイントになる。そのためには、これまでのように中小企業を傘下の下請け化に呻吟させることではなく,全産業通貫的なものに広げること,企業間の対等・平等な協力関係を築いていくこと,そしてそれに沿った人材の育成と交流・移動を保証していく制度を構築することである。日本の中小ベンチャー企業の潜在力を活用することこそが日本の復活の基礎になることは間違いない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2749.html)

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