世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
試論:ウクライナ戦争,停戦協定への途
(関西学院大学 フェロー)
2022.09.05
ウクライナ戦争は,開戦6ヶ月を超えた。ここら辺りで,今流行のゲームソフトのエンジニアにでもなったつもりで,「ウクライナ戦争,停戦協定への途」と題するソフトを,独自制作するため,無い知恵を絞ってみることとする。
1)現状:ウクライナには,米欧支援の戦場用の近代的な武器が届き,それらを使用するための軍の練度も上がってきた。反攻の時が来ているのだ。
2)戦略要地:ウクライナにとって,南部海港オデッサの死守,或は,クリミア半島隣接の南部州を維持することは,黒海へのアクセスを確保し,国の経済的自立を保持し続けるための死活的条件。軍事的にはオデッサが鍵であり,隣接する、南部州こそが決戦場となりつつある。
3)プーチン大統領の思考:軍にウクライナ侵攻を命じる3日前の演説で,プーチンはオデッサを話題に取り上げ,同地の犯罪者たちを捕らえ,彼らに法の鉄槌を加えるべきだ,と述べた。思うに,当初のプーチンの思惑は,ロシアが侵攻によってウクライナ政府を倒しさえすれば,後には傀儡政権が出来る。そうすれば,ロシアとNATOとの間に,緩衝地域として,傀儡ウクライナが出現,その傀儡政権に,オデッサに何らかの形でロシアの影響力を増す措置を認めさせれば,全てが完了。要は,そんなイメージだったのだろう。
プーチンは亦,新型武器の投入や,戦力増強体制の整備を図ろうとしてきた(例えば8月25日,大統領は,同国軍の兵員を13万7000人増やし,ロシア軍の総兵力を,来年1月時点で,115万人とする命令に署名した。しかし,人員増加が達成されるかどうか,専門家は懐疑的。亦,その実現時期が来年1月というのであれば,プーチン大統領が,それぐらいの時間軸で,この戦争を考えていることをも意味する)。
大統領は更に,戦術核の使用可能性など示唆する発言も繰り返す。この点で注目されるのは,ウクライナ南部の原発で,欧州最大規模とも称されるザボロジェ原子力発電所。現状は,発電所で働く100名余のウクライナ人技術者を,原発を占拠したロシア軍が攻囲・監視する形で,謂わば,人質に取っている。こうした形で、プーチン大統領は,戦術核使用示唆と同じような威圧を,ウクライナや米欧に与えようとしている。
このウクライナ南部の原発を巡る動きは,国連の場で進行中だった核軍縮協定の改定交渉を頓挫させることにもなった。プーチン大統領が,ウクライナで戦術核を使用する可能性を仄めかしている時に,拒否権を持つロシアの反対を,国連が乗り越えることは不可能だった。
4)停戦交渉への機は何時熟するか:
○『冬将軍』―――ロシア軍が東部侵攻地域の大半を占拠している。ウクライナは,東部ドンバス地域や南部ヘルソン州からの,住民の強制避難を始めた。ウクライナは,厳しい冬の到来を,反撃のチャンスとして捕らえ,その際に邪魔になる,住民たちを予め立ち退かせておく,そんな意図もあるのだろう。「冬こそが勝負の時だぞ」とのロシアへの通告なのだ。
○『戦線膠着』―――停戦交渉の基盤は,戦線の膠着という事実がなければ形成されない。現時点で観れば,ウクライナが受けている打撃は,ロシアのそれよりも遙かに大きい。だからこそ,ウクライナは,冬将軍の助けを借りなければならないし,ロシアは,冬将軍の到来までに,占領地のロシア化や,ウクライナへの精神的打撃を一層増加しておかねばならない。亦逆に,ゼレンスキーは,既にこれだけの打撃を受けているのだから,そう易々とは,ロシアと停戦協定交渉には入れない。
○『主要支持国の国内事情』―――ロシアには中国が,ウクライナにはNATOが,そして,その中でも特に米国が,後見役ともいうべき座に着いている。しかし,中ロ連携といっても,嘗て兄貴分だったロシアと,弟分だった中国とでは,その立場が今では逆転してしまっている。そんな中,習近平の中国は,近い将来の米中2極化の世界を,明白に目指し始めたように見える。その中国は,習3選を決める重要な会議を控えている。
一方,ウクライナの後見役NATOは,「停戦交渉入りに関しての最終的決定はウクライナがするべきだ」との前提ながら,域内は2つの陣営に分かれている。一方は,即時停戦が望ましいとする派。他方は、ロシアに侵略の代償を払わせるべきだとする強硬派。
米国のバイデン政権の究極の目標は停戦交渉。そのためのウクライナにとっての有利な条件作りを,支援の判断尺度にしている(軍隊を送らず,兵器のみを供与する,その姿勢そのものが,そうした立場を直裁に反映する)。
NATO諸国には,支援疲れが顕著となりつつある。そして,そんなことはゼレンスキーも先刻承知。だから彼も,「勝利を得るには戦場で勝つしかないが,戦争を終えるには,交渉を通じてしか実現できない」と語っているのだ。
○『注目の11月』―――11月には冬将軍の到来の兆しが強くなる。戦線の膠着状態がもたらされる可能性も大きい。中国の党大会も終わっている。米国の中間選挙の帰趨もはっきりする。欧州への天然ガス供給事情もクリアーになる。
そんな目で,国際的な政治日程を見直すと,11月には,インドネシアでG20サミットが開催される。恐らくはこの場が、停戦交渉入りを目論む,本格的な外交戦の舞台となるのではないか・・・。勿論、幕を開けてみないとわからない話だが・・・。
- 筆 者 :鷲尾友春
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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