世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2651
世界経済評論IMPACT No.2651

中国の台湾侵攻は勝者皆無だ!:TSMC会長はCNNに何を語ったのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.08.29

 ペロシ下院議長が訪台したことによって,中国人民解放軍は台湾周辺に11発のミサイル(米台は11発,日本は9発と発表)を撃ち込み,台湾海峡で軍用機や艦船の軍事演習を展開し,緊張が高まった。

 ペロシ氏訪台の1日前の8月1日,アメリカのケーブルテレビ・衛星放送向けのニュースチャンネルCNNは,TSMC(台湾積体電路製造)の劉徳音董事長(会長)のインタビュー(On GPS: Can China afford to attack Taiwan?)を放送した。

 番組司会者のファリード・ザカリア(Fareed Zakaria)氏は,中国の武力による台湾侵攻について質問した。これまで,劉会長は国際政治に関する質問には応答せず,発言を控えてきた。仮にインタビューで劉会長が政治的発言をした場合でも,TSMC側は政治に触れた発言を削除することをメディアに要求していた。それだけに今回,劉会長が政治的発言をしたことは非常に珍しいことである。

 劉会長は「中国が台湾を武力で侵攻した場合,勝者皆無の状態になる」,「仮に中国がTSMCの工場を掌中に入れたとしても,継続的に運営することはできない」と強い姿勢で指摘した。

 CNNの番組司会者の「仮に中国が台湾を占拠した場合,どんな影響が出るか」との質問に対し,劉会長は「すべてが負け組になる。その時に最も心配されるのは,半導体の問題ではない。もし中国が台湾に侵攻した場合,決められたルールで維持されてきた世界秩序が崩壊し,地政学的展望が完全に変化することだ」と述べた。その上で,「誰も武力でTSMCを制御することは出来ない。半導体の製造は非常に精密で複雑であり,材料,化学品から部品調達,エンジニアリング,ソフトウェアの診断に至るまで,ヨーロッパ,日本,アメリカなどの国・地域とリアルタイムで繋がっていることが必要だ。工場の運営は多くの国の関係者の協力によって成り立っている。仮に武力でTSMCを制御しても,運営することができない」と語った。

 劉会長によると,現在,中国が必要とする半導体はTSMCのビジネスの約1割を占めている。「仮に台湾を侵攻した場合,互いの経済に激震が生ずる。中国が必要とする最先端の半導体の供給が突如に消失するからだ」と強調した。

 番組司会者は,「中国は台湾の経済が世界各国との協力,信頼に基づいて構築されていることに気づき,永遠に台湾を接収することができないと考えてはじめているのか。あるいは台湾侵攻後に,中国は何も得ていないことに気が付くのか」と尋ねた。

 劉会長は,「その通りである。私はそのように考えている。中国との関係で私たちは最悪な事態に備えなければなないが,同時に大きな希望を抱くべきだ」という。

 台湾の未来について,劉会長は「中国の関係はどうであれ,世界各国は台湾を差別視しないで欲しい。台湾は自らが民主主義とイノベーション能力を備えた社会を持っている」と強調した。

 番組司会の「台湾が創り出した経済的奇跡を如何に説明することができるのか」との質問に劉会長は,「台湾と他のアジアの諸国の最大の相違点は,台湾は1949年から平和を維持し,しかも平和的手段で民主主義国家に移行したことだ」,「また,教育水準の高さもある。住民の80%は大卒であり,教育水準の高い社会を構築したことだ」と語った。

 最後に,劉会長は中国の台湾侵攻について,中国の指導者に「再び慎重に考えるべき」と呼び掛けた。劉会長はウクライナ戦争が勝者皆無となる例を挙げ,この教訓から「如何にして戦争を回避し,全世界の経済のエンジンが平和の下で持続的,安定的に動かすかが大事である」と述べた。

 「ワシントン・ポスト(WP)」紙(8月2日付)は,訪台予定のペロシ米下院議長が劉徳音会長と会談をする記事を報じた。WP紙の報道によると,オンライン会談を行い,米議会で可決された国内半導体産業支援法案などを話し合われるという。会談は3日の早朝(台湾時間)に予定されていたが,その後,TSMC側からの公式発表は無い。

 3日の午前中に,ペロシ下院議長一行(ペロシ議長のほか,グレゴリー・ミークス(Gregory Meeks)外交委員長,日系3世のマーク・タカノ(Mark Takano)退役軍人委員長,スーザン・ベルデネ(Suzan DelBene)歳出副委員長,インド生まれのラジャ・クリシュナムルティ(Raja Krishnamoorthi)情報特別委員会委員,韓国出身の両親を持つアンディー・キム(Andy Kim)軍事委員会委員)は,蔡英文総統と頼清徳副総統と会談・意見交換を行い,蔡英文総統から「特種大綬卿雲勲章」が受勲された。昼食は蔡英文から招待され,米国在台湾協会(AIT)のサンドラ・オウドカーク所長(大使),TSMC創業者(名誉会長)の張忠謀(モリス・チャン)も同席した。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2651.html)

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