世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
法治国家日本へ:コロナ後の日本経済再生を考える前に
(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)
2022.07.11
日本社会の劣化が叫ばれて久しい。社会の劣化の原因として,霞が関の縦割組織,官僚の劣化,コロナ対応にみられた地方の責任などが指摘されている。経済の停滞についてはITデジタル革命への対応の遅れ,少子高齢化,財政・金融・社会保障問題,投資の伸び悩みなどが原因であるといわれる。
各政党や評論家は,これらの問題を解決するための社会・経済政策を提案している。しかし,こうした政策で日本の抱える社会・経済問題を解決できるとは思えない。ひとつには,政権が交代するごとに政策が変わり,その政策を取り巻きの官僚や企業経営者が縁故主義の下で実現する。政策の断絶と縁故主義がはびこり,日本の抱える根本的な問題を中長期的に解決する姿勢はなくなったからである。
さらに大きな問題は,日本が次第に法律や規則にもとづいて行動する法治国家ではなくなりつつあることである。「法治国家とは,行政や司法が恣意的ではなく,議会の制定した法律によって行われるべきであるという法治主義に基づく国家」と定義される。
1年前の2021年7月,熱海の伊豆山地区で大規模な土石流が発生し,犠牲者26名,行方不明者1名の大惨事となった。違法な盛土がこの土石流の原因であったといわれる。
今年(2022年)4月には北海道斜里町で,遊覧船「KAZU 1」の海難事故が起こった。乗客24名・乗員2名が乗船していて,犠牲者14名,行方不明者12名の大事故となった。
熱海の土石流災害と知床の海難事故に共通しているのは,同じ場所で過去に同じような出来事が起こっており,地元住民や関係者が役所に対していろいろな要請をしていることである。それにもかかわらず,遊覧船については事業の認可,改造や無線問題を役所が十分チェックしていなかった。熱海では,盛土問題は認識されつつも対応は先送りされてきた。
また,今年4月には山口県阿武町で,新型コロナ対策の給付金4430万円が,1人の口座に誤って振り込まれた。この給付金を受け取った人物は,電子計算機使用詐欺容疑で逮捕され,海外のオンラインカジノにこの金をつぎ込んだと供述した。しばらくして,阿武町の町長は誤送金の9割に当たる約4290万円を正式に回収し,残りの分についても確保したと発表した。容疑者が利用した決済代行業者がその金額を返還したという。海外カジノを利用することは日本では違法である。金に色はついていないといって,違法行為に関係していると疑念を持たれる代金決済業者から金を受け取って問題はないのか疑問がわく。マネーロンダリングの問題で,一般の人たちの海外送金などの手続きがきわめて厳しくなっているにもかかわらずである。町や代理人弁護士は合法的に金銭を回収したと主張するが,コメントはしないという。合法的なものであれば,経過を詳細に説明するべきであろう。
近年,権威主義あるいは専制主義の国に対して,日本や西欧の国々は「法の支配に基づく価値観」という言葉を使い,これらの国々との差をことさら強調するようになった。しかし,日本では学術会議の会員の承認問題,臨時国会の召集問題など法的に解決されていない問題が多く存在する。
また,新型コロナ対策における個人や飲食店など業者への要請や需給逼迫にともなう節電要請も,明確な法律に基づいて行っていない。これでは,うまくいかなかった場合には,「政府が要請したにもかかわらず,家庭や企業が要請にこたえなかったからだ」ということになってしまう。都合の悪いことは現行法では認められていないと主張し,自分たちのやりたいことについては閣議決定や特例措置で対応する。国会での議論で法律を修正,新法を成立させているようにはみえない。政府はみずからの裁量の余地を残すと同時に,責任を回避する仕組みを構築し維持しようとしているといわざるをえない。
例えば,党推薦で当選した国会議員が不祥事をおこすと,すぐに離党する。すると,党は離党した議員について処罰することはできないと説明する。どの組織でも不祥事に対応する規則や綱紀委員会のようなものがある。政党でも同様である。離党を受け付ける前に,この議員を党として処分するのがまともな組織といえる。役所でも会社でも大学でも,物事を行う時には必ず根拠となる法律や規則があるはずである。
物事が説明できない要因によって決定された場合,人は口下手になるといわれる。無罪の人が罪を着せられた場合,その人は証拠によって無罪を示そうとする。しかし,実際に罪を犯した人は,証拠ではなく抗弁によって罪を逃れようとする。最近では,さらに開き直りや恫喝がみられる。「説明責任」と「透明性」を欠いた国を,法治国家といえるだろうか。
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