世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2547
世界経済評論IMPACT No.2547

終盤に近付く米下院特別調査委員会

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.05.23

ジョージア州フルトン郡地検の捜査

 トランプ大統領(当時)は2020年11月の大統領選挙で「法を犯してでも」勝利を求めた。まず,選挙は不正だと訴えたが,各地の裁判所はトランプ側の主張をすべて却下。最後の手段として,2021年1月6日の午後から開かれた両院合同会議(注1)で,議長を務めるペンス副大統領(当時)にトランプ候補が当選するよう選挙人数の変更を強要した。しかし,ペンスはこれを拒否してバイデン候補の勝利を宣言。これで最後の手段も失敗に終わった。この宣言が行われる数時間前,「ペンスを吊るせ」と叫んでトランプ支持の数千人の暴徒が議事堂に乱入。合同会議は中断され,ペンスは議場から避難した。

 下院特別調査委員会は,この議事堂襲撃事件を調査し,原因の究明と再発防止対策を検討するために設置された。本コラムは同委員会の動向をウォッチするとともに,関連する地検の捜査もみてきた。前回の本コラム(5月9日付No.2530)ではニューヨーク州マンハッタン郡地検の捜査状況をみたが,今回はジョージア州フルトン郡地検の状況をみておこう。

 2020年11月,ジョージア州の大統領選挙で,トランプ候補はバイデン候補に得票差11,779票,得票率差0.23%の僅差で敗れた。トランプ候補はこの結果を認めず,両院合同会議が開かれる4日前の2021年1月2日(土)午後3時,ホワイトハウスからジョージア州のラフェンスパーガー州務長官(共和党)に電話をかけ,バイデン票をトランプ票に移すよう1時間余に亘って説得した。しかし,同長官はこの要求を拒否した。同州務長官に対するトランプ大統領の電話内容が報道(注2)されると,連邦アトランタ地検のPak検事(ソウル生まれの韓国系)が突然辞任した(理由を明かさなかったが抗議の辞任とみられる)。また前年のクリスマス前にトランプ大統領が,ジョージア州選挙首席調査官に直接電話し,「不正投票」を捜査するよう圧力をかけていたことも判明した。

 アトランタ地検はこうしたトランプ大統領の一連の行動に選挙介入の疑いを強め,今年1月,同州フルトン郡最高裁は同郡首席検事Fani Willisにトランプ前大統領によるジョージア州法違反の有無を調査するため,特別大陪審の設置を認めた(設置期間は1年間)。特別大陪審は5月2日から召喚状を出して関係者から事情聴取を開始し,州議会でも公聴会の開催を予定している。賛成多数となれば,大陪審は前大統領を起訴することになる。

 なお,5月12日付ワシントンポスト紙によると,トランプ前大統領に対する捜査は,州レベルではジョージア州のほかにニューヨーク州におけるビジネス関係の民事・刑事訴訟,ゴルフ場の税務捜査,連邦レベルでは下院特別調査委員会の調査,議事堂襲撃事件に関する司法省の捜査,フロリダの自宅に運び込まれた15箱のホワイトハウス文書の捜査が同時進行で進められている。

下院特別調査委員会,6月9日から一連の公聴会開催へ

 5月12日付のニューヨーク・タイムズによると,下院特別調査委員会はこれまでの調査結果をより広く国民に周知させるため,6月9日から数週間に亘り,8回の公聴会を計画している。公聴会の模様は,視聴率が高いプライムタイムにテレビで放映するという。

 特別調査委員会には疑惑人物を告発する権限がないため,司法省に法的措置を要請するほか,事件の再発を防止するため適切な措置の提案,最終報告書の作成などの仕事がある。議会の夏期休会,11月8日の中間選挙などの日程,またすでに1000人以上の関係者の聴取を完了している状況からも,特別調査委員会の活動は終盤に近付いたようにみえる。司法省は議事堂襲撃事件について独自の調査を進めているが,下院特別調査委員会に対してこれまでの聴取記録の提出を要請した(5月17日報道)。これで,いよいよ司法省が動きだすように思われる。

 こうした状況下で,5月12日,特別調査委員会は5人の共和党議員に召喚状を出した。特別調査委員会が召喚状を出すのは珍しいが,彼らがいずれも委員会への出頭を拒否してきたためやむを得ない。召喚状が出された下記の5人の下院議員は議事堂襲撃事件に深く関与している。尋問は非公開で行われるが,その結果は調査の核心に迫るものとなろう。

  • (1)ケビン・マッカーシー(カリフォルニア州選出,中間選挙で共和党が多数となれば下院議長に就任の見込み。強固なトランプ支持者):暴徒が議事堂を襲撃中にトランプ大統領に何度も電話し暴徒の行動阻止を求めたが,トランプ大統領はこれを拒否したという。
  • (2)アンディ・ビッグス(アリゾナ州選出):下院超右派のフリーダム・コーカス前リーダー。州議会に大統領選挙結果の変更を説得,1月6日の‘Stop the Steal’抗議集会の計画,実行にも関与。
  • (3)ジム・ジョーダン(オハイオ州選出):第1回弾劾裁判でトランプ大統領を強く擁護,選挙結果の変更,不正選挙の主張に深く関与。
  • (4)スコット・ペリー(ペンシルバニア州選出):トランプ大統領が主張する不正選挙に同意しなかったバー司法長官の退任工作を主導。
  • (5)モー・ブルックス(アラバマ州選出):1月6日の両院合同会議で複数の接戦州における獲得選挙人数に異議を唱え,選挙結果の変更を迫った。背後にトランプ大統領の強い要請があった模様。
[注]
  • (1)本コラム(2020年12月21日付No.1982)の小見出し「来年1月6日の両院合同会議とは何か」参照。
  • (2)電話にはメドウズ大統領首席補佐官,ジョージア州法律顧問なども同席。ワシントンポスト紙が2021年1月5日付で報じた電話の応答記録はA4で13枚にもなる。記事の表題は Here’s the full transcript and audio of the call between Trump and Raffensperger。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2547.html)

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