世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2530
世界経済評論IMPACT No.2530

トランプ人気とトランプ疑惑

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.05.09

J. D. バンス共和党候補の勝利とトランプ人気

 アパラチア山脈の西山麓に住むプアホワイトの悲惨な生活から脱出し,成功した自伝(注1)の著者J. D. バンスが,5月3日のハイオ州予備選挙で連邦上院議員共和党候補に当選した。11月8日の本選挙では,引退する伝統的な共和党穏健派ポートマン議員の議席を,下院議員から鞍替えした民主党のティム・ライアン候補と争う。

 J. D. バンスは海兵隊で4年間自らを鍛え,オハイオ州立大を1年半余で終えて,イェール法科大学院を優秀な成績で卒業。良き指導者と伴侶を得て,ヒルビリー(田舎者)からの脱出を果たし,今やシリコンバレーの投資家である。6年前に自伝を出した頃は,根っからの反トランプ派(Never Trumper)だったが,投票日のわずか2週間半前,詫びを入れてトランプ前大統領の支持を得た。それから急速に劣勢を挽回し,勝利をつかんだ。ただし,その得票率は共和党支持者の3分の1にすぎない。

 バンス当選でトランプ人気の高さが改めてわかるが,人気の高さがトランプの犯罪疑惑を帳消しにするわけではない。下院の「1月6日議事堂襲撃事件特別調査委員会」(以下,特別委員会)の究明は続いている。非公開の長時間の聴聞は,ジャレッド・クッシュナー(3月31日),その妻イバンカ(4月5日)にも行われたが,今回は特別委員会ではなく,ニューヨーク州検察当局の動向を見ておきたい。

トランプ起訴延期でニューヨーク郡検事2人が抗議辞任

 少し古い話になるが,今年の2月23日,「トランプ・オーガニゼーション」とトランプ本人の脱税疑惑を捜査してきた2人のニューヨーク郡地方検事(キャリア・ダンとマーク・ポメランツ)が突然辞任した。理由は,2人の上司であったサイラス・バンス・ジュニア地方検事(DA, District Attorney,以下「検事」と略)が2021年12月31日退任し,後任のアルビン・ブラッグ検事が,バンス前検事が進めていたトランプ前大統領の起訴を見送ったからである(注2)。

 ブラッグ検事宛に書いたポメランツの辞任状は,3月23日付のニューヨーク・タイムズ(電子版)が全文を公表した。それによると,ポメランツは辞任の理由を次のように書いている。①バンス検事は捜査で得た事実からトランプ前大統領は起訴に相当すると決定し,陪審団に証拠を提示し,トランプおよびその関係者を速やかに告訴するよう我々に指示した。②これを撤回したのはブラッグ検事の権限ではあるが,トランプ不起訴の決定は誤りであり,公共の利益に反する。いまトランプを告訴しなければ,時間の経過とともに問題はさらに深まる。③長期間,懸命にこの捜査に従事してきた法律家として,私はブラッグ検事の間違った決定に与することはできない。

 この辞任状の公表は大きな反響を生み,ブラッグ検事は批判にさられた。ブラッグ検事はようやく4月7日になって,初めて記者会見を開き,当初の方針を撤回し,ポメランツとダンの後任に最上級検事のスーザン・ホフィンガーを充て,捜査を継続していると強調した。

 サイラス・バンス前検事在任中の2021年7月1日,トランプ前大統領の不動産関連疑惑を捜査してきたニューヨーク郡地検は「トランプ・オーガニゼーション」本社と同社の最高財務責任者アレン・ウィーゼルバーグを起訴した。捜査の過程でウィーゼルバーグが同社に雇用されている間,その子息および家族が運転手付き私用車や豪華マンションを提供され,私学入学金や授業料を払ってもらっていた。それらに絡む脱税疑惑捜査から,トランプ本人を起訴する方針が固まったものとみられる。

 一方,ニューヨーク郡地検とは別に,2019年3月以降,トランプ疑惑捜査を指揮しているニューヨーク州のレティシア・ジェイムズ司法長官は,トランプ一族のビジネスに関する資料提出を要求していたが,トランプ前大統領が応じないため,ニューヨーク州最高裁は4月25日,同氏に法廷侮辱罪を適用し,解決するまで1日1万ドルの罰金を課した。問題が解決しなければ,ジェイムズ司法長官は,ニューヨーク郡地検と協力し,民事,刑事の両面からトランプ起訴に踏み切ると報じられている。

[注]
  • (1)Hillbilly Elegy, A Memoir of a Family and Culture in Crisis, 2016. 邦訳『ヒルビリー・エレジー:アメリカの繁栄から取り残された白人たち』2017年。2020年映画化。
  • (2)ニューヨーク郡(County)地方検事(DA)は,ニューヨーク郡の別名がマンハッタンであるため,マンハッタン地方検事とも言われ,ニューヨーク州法違反者の訴追を担当する。一方,マンハッタンにおける連邦法違反者は連邦のニューヨーク南部地方検事(U.S. Attorney for the Southern District of New York)が訴追する。「南部」には,マンハッタンなどニューヨーク州南部の8つの郡が含まれる。連邦検事は大統領が任命するが,ニューヨーク州の司法長官,検事などは選挙で選ばれる。サイラス・バンス・ジュニアは民主党所属で3選され3期10年間検事を務めた。父親はカーター政権の国務長官である。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2530.html)

関連記事

滝井光夫

最新のコラム