世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2521
世界経済評論IMPACT No.2521

観光立国を目指すサウジアラビア:驚異の変化とイベント開催への熱意

川合麻由美

(在サウジアラビア Phoenix LLC 社 上級コンサルタント)

2022.04.25

 サウジアラビアは以前,非ムスリムにとっては観光で訪問することのできない,未知で遠い国だった。しかし,2019年9月に石油依存からの脱却を図るための経済多角化の一つとして観光推進の政策を打ち出し,ついに観光ビザを解禁,非ムスリムの観光に門戸が開かれることとなった。コロナ感染対策も奏功し,サウジアラビアはすでにポストコロナとなっており,感染者数発表は2022年3月上旬をもって終了となっている。あまり知られていないが,観光資源が豊富であり,砂漠だけではない多様な自然や世界遺産認定の遺跡もある。その一つの紀元前1世紀のアル=ヒジュルの考古遺跡は50もの碑文といくつかの洞窟を有し,ヨルダンのペトラ遺跡に匹敵するものである。また,ハイエンドツーリズムをターゲットとしたRed Sea プロジェクトも注目を浴びている。

 このような観光資源に加え,サウジシーズンズと言われる一連のイベントを2019年から開催しており,これがもう一つのツーリストアトラクションとなってきている。海外大物アーティスト公演や,遊園地やサファリの設置のみならず,今年はF1も誘致した。サウジシーズンズは2016年に打ち出された経済改革計画「ビジョン2030」の一環,国の経済の中でエンターテインメント産業を大きな柱として打ち立てるという目標に沿って実行されており,王国史上最大の文化・エンターテインメントイベントである。

 今回のサウジシーズンズはコロナ禍の最中に開始され,途中でオミクロンの蔓延があったにもかかわらず,サウジシーズンズの中のリヤドシーズンは開始から7か月の2022年3月末で約1500万人を集客した(2019年は1000万人,2020年はコロナにより非開催)。コロナにより海外からの観光客がなかなか難しかったことを考慮に入れても,動員人数は目を見張るものがある。

 その経済効果については,エンターテインメント庁(GEA)のトゥルキ・アル・シェイク長官は今年のリヤドシーズンでは約35,000の直接雇用と17300の間接雇用創出と発表している。また,シーズンズ中のリヤド市内のホテルは稼働率が70~90%で推移しており,稼働率が100%を超えているホテルも少なくなかった。民泊サイトのAirbnbでも手ごろな値段の部屋は常に満室となっていた。

 シーズンズ開催に向けてのサウジ政府のコロナ対策は非常に徹底していた。ワクチン接種を推進することでパンデミックに立ち向かうという一貫した政策で,商業施設や職場,学校等への参加・入館は接種者のみに限ったことが功を奏し,感染者数が抑えられたまま推移,無事に開催にこぎつけた。パンデミック蔓延直後から,政府が規制を厳しく設けながら迅速に対応をしてきたことが,イベントシーズン実行という形で実を結んだように思う。

 今回のリヤドシーズンで規模や文化的観点から二つのイベントを特筆したい。一つは12月中旬に行われた世界の有名DJやアラブの有名歌手が出演するMdlbeast主催のサウンドストームである。4日間で73万2,000人を動員し,世界でも最大の音楽イベントとなった。サウジアラビアでこの種の音楽イベントが開催されるということは,動員人数以上の意味がある。2017年の解禁まで,映画館や公共の場での音楽といったエンターテイメントは約30年間禁止されてきた。また,以前ほどの徹底した厳しい分離はすでになくなっていたが,公に男女別々の入店入り口の設置が廃止されたたのは2019年である。それが今や,これほどの大規模音楽イベントを開催し,しかも男女が同じ会場で参加できるのである。クウェートからの参加者は,以前はクウェートよりも宗教的・文化的に娯楽に関して厳しかったサウジアラビアでこのようなイベントが開催されることにただただ驚いていた。

 今年はコロナの影響もあり,自国民が大多数を占め,男女比で言えば80%以上が男性客のように見受けられたが,女性2~5人ぐらいのグループで来場している人も見かけ,群衆がコントロール不能になるようなこともなく,安心・安全面での不安は感じられなかった。

 もう一つはエンターテインメント庁(GEA)が3月に開催したコスプレイベントである。各々が映画やアニメやゲームのキャラクターに扮し,リヤドブルーバードに一堂に会した。アニメイベントの中の一つとしてではなく,コスプレそのものがメインイベントで,人気投票形式をとり最優秀者には車が贈られた。多くの参加者にとっては公にコスプレをするのは初めてとなるイベントであった。日本のポップカルチャーに関するコスチュームが多く,自作の人もいるが,多くはジェッダのコンセプトレストラン「アキバドオリ」やアニメグッズを売る「Nippon Sayko」から購入したものを着用したようである。

 2018年に国内最高位の宗教組織が女性へのアバヤ着用義務付けは必要ないとの見解を示し,またムハンマド皇太子も同様の見解を示したが,それまで女性はアバヤと呼ばれる体全体を覆い体の線を隠す民族衣装の着用が義務付けられていた。これだけをとっても,女性が公の場でエンターテイメント庁主催のコスプレイベントに参加するということがどれほどの意味をもつかわかるであろう。それがシーズンズの中でも最大のゾーンの一つであるリヤドブルーバードで2日間にわたり開催されたことは大きな驚きである。

 サウジアラビアのイベントの驚くべき点は,日本人からすればありえない短期間で企画準備されていることにある。サウンドストームの主催者,Mdlbeastの調達部に話を伺ったところ,サウンドストームの場合は準備期間は十分あるが,出場者が最後の最後までかなりの変更があるそうである。今回はコロナ感染してしまった出演者がいたり出演者の確定が難しかったと言っていたが,出演承諾後にサウジアラビアということである一定のファン層に考慮して(人権,LGBTQに対する海外の印象により)出演をやめるアーティストもいたりするそうである。一方でサウンドストームが世界的に一大イベントとなった今,直前の交渉にも応じてくれる大物アーティストは少なくないと手ごたえを掴んでいた。

 アニメやゲーム関連のイベントコントラクターの話では,2-3週間前に依頼がくることもざらではないと話しており,アイディアのプレゼンから準備期間に2-3か月あれば奇跡的だと言う。この準備期間内に大幅な変更があっても驚きではないそうだ。この種のブレインストーミングやプレゼンなどに参加した筆者の経験では,コントラクターの機動力と順応力には驚かされる。サウジ人はスローペースという印象や認識とは真逆の即応ぶりである。

 これからジェッダシーズンが開催されるが,サウジは入国時の隔離なし,PCR陰性証明の提出もすでに不必要と観光客誘致に万全を期している。シーズンズを次々と成功させ,観光客誘致に一層力を入れるサウジアラビアは,コロナからの経済回復をいち早く掴んだ国の一つであると言え,観光立国として新たな国づくりの第一歩を確実に踏み出している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2521.html)

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