世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ウクライナ人ユーチューバー・マサ:地下シェルターの避難から心の叫び
(九州産業大学 名誉教授)
2022.04.04
(1)「ペンは剣よりも強し」から「SNSは戦車よりも強し」
「ペンは剣よりも強し(The pen is mightier than the sword)」という名言は,エドワード・ブルワー=リットンが1839年に発表した歴史劇『リシュリューあるいは謀略(Richelieu; Or the Conspiracy)』において,この言葉が初めて使用された。21世紀の今,SNSの急速な普及から,ペンからSNSによる世界への発信に大きく変化するようになった。
ウクライナ大統領ゼレンスキーはオンラインを使い,欧州議会,アメリカ議会,日本の国会,EU議会などの講演会で,ロシアの“侵略”による苦境を訴え,各国からの支援を要請した。講演後,各議会のスタンディングオベーションを受け,各国は次々と軍備や人道支援を表明した。ゼレンスキー大統領は今年最も注目された英雄であり,タイム誌の「今年の人」に選出されると予測できよう。
以下は,ウクライナ人ユーチューバーのマサが発信するウクライナ情勢を紹介する。マサはウクライナでは1人の普通の若者だが,国内から見た現状をありのままに紹介している。戦火におけるウクライナの一般庶民生活を知ることができる。
(2)地下シェルターへの避難
マサは,20~30代の若者だ。キーウ(旧称:キエフ)大学の中国語学科卒業後,中国で9カ月の留学を経験したウクライナ女性である。中国語が堪能のユーチューバーで,ハンドルネームは「玛莎CN(マサCN)」や「乌克兰玛莎(ウクライナ・マサ)」である。
1年前からウクライナで中国語を使い,ウクライナの生活,中国とウクライナの違いなどを紹介していた。ところが,2月24日のロシアのウクライナ侵攻によって,戦火下のウクライナの生活の経過を紹介するようになった。既に7回以上YouTubeで情報発信している。
特に,中国政府はロシア政府(プーチン政権)を支持し,ニュース,テレビなどの報道もロシア側の情報を主として扱う中で,マサの報道は極めて貴重な情報源となっている。2週間前,マサの「戦争下的生活|地下室|友達|人道救援」は,既に21万回以上の閲覧回数,チャンネル登録数17万人以上を重ねている。この節はこの「戦争下的生活|地下室|友達|人道救援」を筆者の日本語概訳で紹介する。
マサは「既に5分以上も空襲警報が鳴っていないため,皆様に報告する」,「私が報告するのは,私個人や親戚・友人に起きた本当の出来事で,ネットなどで探した情報ではない。Youtubeで紹介する写真や動画は,私や親などが撮影したものだ」という言葉から淡々と語り始めた。
「私はウクライナのコンスタンチノフカ(Kostiantynivka,訳注:ウクライナ東部のドネツク州にあるクリヴィイトレッツ川沿いの工業都市)に住んでいるが,この数日間は,殆ど地下シェルターで過ごしている。地下シェルターは大変寒く,気温は2~3度だ。先ほど空襲警報を聞き,地下シェルターに潜る直前には,近くで砲弾の爆発音が聞こえた。人々は出勤できず,学校にも行かれない。感謝したいのは,まだ食べ物,水と電気があることだ」,「この2週間,毎朝,最初にすることは,顔を洗い,歯を磨くことではない。先ず,自分のスマートフォンを見て,着信がないかチックする。そして親戚や友達と連絡し合い,住んでいる都市の情況を訊ねる。皆から無事の報告を聞き,安心してから一日が始まる。他のウクライナ人も私と同じように,このようにお互いの情況を訊ねあってから一日が始まる」。
「しかし,キーウ区のイルピン(Irpin,訳注;3月28日頃にウクライナ軍によって奪還),ブッチャー(Bucha)とその周辺の町は,敵によって破壊され,既に6日間も音信が不通だ。海辺の都市ヘルソン,マリウポリとノーバカホフカでは,人道的被害を受けている。一時的に敵に占領されたこれらの都市では,多くの住民が食品,医薬品を受け取ることができない。ノーバカホフカにいる友人は家族と一緒に住んでいたが,この数日間,連絡が取れていない。ウクライナのSIMカードは通信が不安定で,通話ができた時,現地の状況を教えてくれる。彼は多くの人が外出できず,2人の男性がロシア軍人によって殺害されたと話した」。
「現在,マリウポリは通信不能だ。キーウに住んでいる親友の祖父母はマリウポリに住んでいて,一週間以上も祖父母と連絡ができていない。昔のクラスメイトの家はマリウポリにあり,彼の母親はマリウポリに住んでいる。彼は毎日,母親に電話をかけるが,一週間も音信不通の状態が続いている。私が胸を痛ためていることは,私たちのボランティアが人道支援の物資を占領地域に送ることができないことだ」。
「以前にロシアと合意した“人道回廊”に関する協議は,完全にロシア側に無視されている。親友の一人はウクライナ西部でボランティア活動を行っているが,彼とのスマートフォンによるSNSによる交信記録を見せよう。彼らは先ほど紹介した都市の住民ために,食糧,飲み水,薬品,衣服などの多くの援助物資を積んだ2台の車と救急車を用意した。しかし,これらの車両は町に入るまでに敵に爆撃された」。
「今,これらの話を淡々と語るが,私の顔は無表情であろう。この数日間,恐怖に溢れた生活の中で,私の脳がこれらの現実に拒否反応を示しているようだ。神経にショックを受け,私は何を話せばよいのかわからない状態だ。敵は完全に人道無視である。この数日間,ボランティア活動を行っている友人たちは,国内,ヨーロッパなど各国から受けた援助物資をロシア側に占拠された都市に運んでいる。彼らは事前にロシア側と意見交換し,事前に認可を得て自分たちボランティアの安全保証を得てから占拠された都市に入った。しかし,この数日間,敵はボランティアの援助物資搬入を認めていない」。
「最後に私の家について話そう。周知のように,3月8日は国際女性デーだ。通常,この時期に私の住居一帯の花卉農家は,凡そ2か月前に花を栽培し,3月8日に向け販売し,毎年完売してきた。しかし,今年は違った。栽培した綺麗な花は道端や市場の様々なコーナに無償で置かれていた。父親は生まれて初めての出来事だと話した」。
「花卉農家は,誰も花を買う余裕がないことを知っている。誰もが生きるために食品を買い求めるが,誰もが花を買う余裕がないのだ。以前,私は私の町のATMの映像を撮影したことがあったが,今ではATMから引き出せる現金もなく,銀行から引き出せる現金額が制限され,誰もが現金を無駄に使わない。生活必需品以外のものは買わない。しかし,父親は私と母親のために,鉢植えの小さな花を買ってくれた。春になって,私はこの花を敵が占拠していない場所に植え替えたい」。
数日前,マサは400万人を超えるウクライナ避難民の1人として,6日間をかけて隣国に渡った。ウクライナ政府は男子が自国から離れることを禁止しているため,マサの父親と母親は自国に滞在しているという。皆の無事を祈らずにいられない。
- 筆 者 :朝元照雄
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
関連記事
朝元照雄
-
New! [No.3619 2024.11.18 ]
-
[No.3575 2024.09.30 ]
-
[No.3569 2024.09.23 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]