世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
感染爆発 制御不能に陥った香港
(亜細亜大学アジア研究所 教授)
2022.03.07
ウクライナ情勢の陰に隠れて報道は少ないが,香港のコロナ感染が制御不能な状態に陥っている。3月2日の新規感染者数(1日当たり)は55,353人,死者数(同)は117人,新型コロナ第5波(2021年12月下旬~)の累計では感染者28万人,死者数も1千人を突破した。2003年のSARSによる死者数(約300人)を大きく上回り,不謹慎ではあるが現地紙(『明報』3月2日)の表現を借りれば,ウクライナでの民間人死者数をも超える事態である。
オミクロン株の市中感染は,強制隔離を免除されていたキャセイパシフィック航空乗務員から拡大した。政府は輸入貨物の停滞を避ける名目で,「往路旅客,復路貨物」の乗員配置による運行を認めていたが,判断の甘さに批判が沸き起こる。そのような中で,全人代の香港代表が開いた私的な誕生パーティ(1月3日)に感染疑い者がいたことが判明,香港政府高官も多数出席しており(その後の調査で官僚15名,立法会議員20名判明),出席者は香港政府の追跡アプリ「安心出行」を使っていなかった。
こうした政府内の緩んだ空気が漏れる中,「ゼロコロナ」政策を継続することが果たして効果的なのか市民の中にも疑問が生じる。春節前の行政長官会見(1月27日)で,記者から中国が言うところの「動態清零(ダイナミックゼロ)」について定義を問われた林鄭月娥長官が「自分は“言い出しっぺ”(筆者の意訳,原語は『始作俑者』)ではないので解釈できない」と述べたことで,長官が本気でゼロコロナに取り組もうとしているのか一気に疑問が広がった。
春節明けの2月7日,新華社,『人民日報』がともに「動態清零こそが科学的選択」,「動態清零とは感染ゼロの追求ではなく,早期発見と隔離,迅速な拡大防止措置,有効な救護を以て市中感染拡大を阻止するもので,人民と生命至上の理念を体現する施策」と解説し,香港においてもこれ以外の選択肢はない,寝そべってはならないと強調した。一方の行政長官は8日,「行政長官選挙は選挙人1500人と小規模なので予定通り(3月27日)実施可能」と危機感は薄く,12日に深圳で開かれた香港政府と中国側との情勢会議でも両者の温度差が益々明白になった。
こうした状況を受け,習近平主席が2月16日の香港中国系2紙で重要指示を発するに至る。主旨は,①総書記が重要指示を発し韓正副首相に委託した,②感染防止の「主体責任」は香港政府である(勘違いするな),③可能な手段は全て動員して取り組め,④中央と地方は全力で支援する,⑤香港市民の安全と社会の安定を確保せよ,というもので,習主席が一地方の感染に対して指示を出すのは2020年の武漢以来である(2021年12月に都市封鎖された西安に対しては出されていない)。
中央政府からすれば,香港当局の感度の鈍さ,当事者意識の低さは歯痒い限りだった。中央が「止暴制乱」の方針を示し現行法と持てる手段を最大限に利用して鎮圧するよう指示したにもかかわらず,手を拱いて制御不能な状態に陥った2019年と二重写しだった。コロナ対策でもこのまま香港政府に任せていたら,返還25周年(2047年まで50年間の折り返し点)や秋の党大会にも影響しかねない事態に発展すると指導部は危機感を強くする。
これまで香港政府の対策は社交距離制限に終始し,ゼロコロナの核心でもある強制検査には踏み込んでいなかったが,2月22日,林鄭長官はようやく全住民3回のPCR検査を義務付けると発表した。しかし時すでに遅し。感染爆発真っ只中での検査は難しく,実施は3月末から4月にずれ込む見通しである。強制検査にあたって何らかの行動制限を課すのかについても長官が「検討していない」と言えば,局長が「可能性は排除しない」と述べるなどパニックを誘発,食料品の買いだめ騒動が起きた。
迷走する香港政府をしり目に,香港マカオ事務弁公室の夏宝龍主任は習主席の指示発出後,深圳に前線指揮部を構え,配下の中央政府駐香港連絡弁公室を通して財界にホテルや遊休地の供出を求め,隔離施設を突貫で建設させるなど力仕事を次々と進める。
習主席の重要指示から2日後,林鄭長官は「緊急状況規則条例」を適用して3月27日予定の行政長官選挙を5月8日に延期すると発表した。これは5月8日に選挙が実施できるよう(4月3日から16日まで立候補受付),それまでにコロナ封じ込めを完了せよという北京の指示である。中国の影響力が強まる香港だが,香港政府に「高度な自治」を担う力が欠け,「要支援」となっていることも大きな理由なのである。
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