世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2420
世界経済評論IMPACT No.2420

EVは災害時の非常用電源?

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2022.02.14

 前稿(2022年1月24日付け No.2398)に続いてZEVについて技術的課題を説明する。理由は地球環境推進者の実態無視な言説がしれっとマスコミで語られているためである。金融市場関係者からは水を差すと嫌われそうだが社会的に無駄な浪費を避けるために一言。最近はBattery EV(BEV)という言い方もあるようだが,FCVは水蒸気を放出(=Emission)するのでゼロ・エミッションEV(ZEV)と括るのは抵抗感がある。従って本稿でも電池自動車をZEVとする。

 経産省,国交省,電動車活用社会推進協議会が2020年7月10日に「災害時における電動車の活用促進マニュアル」を発表している。この中では,HV,PHEV,FCV,ZEVの4種類の特徴と推奨する災害時活用方法の解説がなされている。解りやすくよくできているマニュアルだと思うが,マスコミはZEVだけを取り上げて,災害時の緊急電源としても役立つので普及を図るべきであるという話を当然のように持ち出す。電動車を緊急電源として活用する話は,21世紀初頭から始まった余剰電力を蓄電する技術の開発が発端である。なお実用的蓄電は20世紀末までに東京メトロなどが電力回生ブレーキの失効(電車が止まらなくなること)を防ぐ目的で遠心力を使った機械的エネルギーによる貯蔵法を導入している。電池式は住友電工のレドックス・フロー電池や日本ガイシのナトリウム硫黄電池(NAS電池)の様な体育館並みの大型の蓄電設備を使って系統電力の平準化を図ることを目指している。これら技術開発と同時期にトヨタ・プリウスが爆発的に売れたので,自動車の2次電池の即応性と販売台数から考えたトータル蓄電容量に注目して,また日産リーフと三菱iMiEVの販売を促進するために活用しようという案が出された。ところが,いつの間にかZEVは災害時緊急用電源としてお役立ちという話があたかも既定案の如く湧き出ている。これはおかしな話である。

 技術の専門家でなくても常識的に考えればこの話は印象操作であることに気が付く。以下,算数である。環境省のWEBサイトから関東地方の1世帯あたり日平均電力使用量は10.5kWhである(地域や季節によってかなり変動がある)。日産リーフは満充電で40kWhでありこのうち約80%を安全使用範囲電力として取り出せるので,平均的な戸建住宅3軒の1日分電力を十分賄える。しかし,電力を使い切ってしまったらリーフは1.5トンを超える単なる鉄とプラの塊になり人力で動かすこともままならない。

 リーフ再充電には発電機で数時間充電する必要がある。大略,6馬力程度のインバータ付ガソリンエンジン発電機で約5〜7時間かけて満充電に戻る。各戸でリーフを所有していると仮定すると向こう三軒両隣に再充電するだけでも約2日弱かかる計算になる。再生エネルギー信者は屋根に設置している太陽光発電があるじゃないかと主張するに違いないが,一戸あたりの太陽光パネル発電量は5kWh(晴れ)前後なので戸建住宅の電力を半分しか賄えない。仮に全発電量を使ってリーフを満充電にするにはコンディショナーによる損失を考えると晴天1日で満充電に達するかどうかというレベルである。更に,災害時ということは家屋も被害を受けている可能性があるので平時基準よりも条件は厳しいことも考慮しなければならない。つまり,災害時にZEVの電力を使うというのはかなり怪しいアイデアであることが分かる。

 電動車の電池を電力プールとして活用しようという案は,元々は余剰であった夜間電力を昼間使うためのアイデアである。当時(21世紀始め)は現在と異なり,系統電力は夜間に原発からの余剰電力が発生し揚水発電用ダムだけでは吸収しきれない課題を解決するための一案として話し合われていた。その逆の太陽光発電で昼間に発生する余剰電力を蓄えて夜間に使うということも奇策ではない。しかし,実現には各家庭に電圧と周波数を制御するインバータとリアクトル(電池の直流を安定な交流に変換する装置)を設置する必要がありその費用負担が課題であった。また冬季の降雪時に太陽光パネルが使えなくなる場合のバックアップ電源に対する投資と運転コストも議論になった。地方では通勤手段である自動車は,昼間は各家庭の電源に接続されていないので余剰電力プールとして役立たない可能性も指摘されていた。このように電動車を電力貯蔵のバッファーに使うという案は,一見妙案に見えても実現には程遠い物である。

 どこかで趣旨が捻じ曲げられてしまった話が他にもある。電動車で劣化したリチウムイオン電池(LiB)を家庭用蓄電池として再利用しようという案である。プリウスやリーフ・iMiEVが上市された当時はLiBの再生廃棄処理方法がなかった(今でも抜本的な方法が見つかっていない)。そのため,自動車用として役目を終えた電池を廃棄せずに再活用する案として各家庭の蓄電システムに使うという案が出てきたと記憶している。再生可能エネルギー貯蔵だけではなく家庭用燃料電池システム(エネファーム),あるいは単純に系統電力末端の平準化として使おうということであった。しかし,2次電池はある一定回数の充放電を繰り返すと急激に蓄電放電能力が劣化するので中古LiBは長期間使用に耐えうる物ではないと予想された。

 電池技術関係学会や懇談会の場,その際の関係者の立ち話などでは,LiBリサイクルはPCB廃棄処理のような問題の先送りと揶揄されたこともある。ただ,パナソニックや他の国産メーカーの技術が大変優れているので家庭用としても中古LiBはかなり長期にわたって使えるだろうというのが技術者の「相場観」であった。そして電池の延命をしているうちに廃棄処理方法を開発しようという暗黙の了解みたいなものがあった。しかし,あくまでも国産に限った話なので現在でも寿命の短い中国や韓国品が国内に溢れるとこのシナリオが崩れてしまう。

 環境推進派とそれに乗じた金融経済関係者が強引に自動車のZEV化を主張し,温暖化ガス排出抑制を絶対的な善としてESG投資以外を抑え込むとインフラそのものが歪んでくる。その先に生じるのは庶民を苦しめる経済の不均衡ではないだろうか。現実にエネルギーコストは上昇し続けている。環境問題は重要な課題であるが技術の根底にあるものを全く無視して投資を論じることは社会の破壊に繋がり,局地的な騒乱から大規模な戦争につながる可能性がある。第一次大戦で無茶苦茶な賠償を求められたドイツが辿った歴史を思い起こさなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2420.html)

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