世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2410
世界経済評論IMPACT No.2410

カーボンニュートラルへのハードル:アンモニア・水素・合成メタンが抱える課題

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.01.31

 日本がめざすカーボンニュートラルを実現するうえで鍵を握るのが水素であることは,衆目の一致するところである。欧米諸国においても,この点は変わりがない。

 一方,欧米諸国がそれほど力を入れず,日本が独自に重点をおいているカーボンニュートラル化のための施策もある。石炭火力発電所やナフサクラッカーにおける燃料のアンモニアへの転換や,二酸化炭素と水素から合成メタンを製造し既存のガス導管に注入するメタネーションが,それである。アンモニアやメタネーションは,既存のインフラを徹底活用できコスト削減につながる点にメリットがあり,地球温暖化対策の正念場となる新興国へも展開可能だという点に特徴がある。

 ただし,アンモニア・水素・合成メタンの活用には,それぞれ課題もある。順に各々の課題を見ておこう。

 まずアンモニアについては,調達が問題となる。日本は現在,年間約100万トンのアンモニアを肥料用等に消費している。しかし,石炭火力でアンモニアを20%混焼した場合,大型機1基で年間50万トン,全国で年間2000万トンのアンモニアが必要となる。政府が2021年6月に改定した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では,50年に必要なアンモニア量を年間3000万トンと見込んでいる。

 しかも,この需要見通しは上方修正される可能性が高い。その後,石炭火力だけでなくナフサクラッカーにおいても,「化学産業のカーボンニュートラル化の切り札」として,熱源をアンモニアに転換する見通しが強まったからだ。ナフサクラッカーの燃料転換で必要とされるアンモニアは,少なくとも年間700万トンに達すると言われている。

 一方で,現在原料用アンモニアは,世界で年間約2億トン製造されている。一見,調達は容易そうに見えるが,その大半が,製造時に二酸化炭素を排出する「グレーアンモニア」として生産されている点が問題だ。カーボンニュートラルのために使用するアンモニアは,グレーアンモニアであってはならず,再生可能エネルギーを使って作る電解水素を活用し製造時に二酸化炭素を排出しない「グリーンアンモニア」か,製造時に二酸化炭素を排出するもののそれを回収して貯留するCCS(二酸化炭素回収・貯留)付きの「ブルーアンモニア」か,でなければならない。グリーンアンモニアやブルーアンモニアを必要量調達することは,けっして容易ではないのである。

 次に水素については,需要の確保が問題となる。燃料電池車やエネファームだけでは需要規模として不十分であり,大量に水素を消費する水素発電が登場しない限り,水素のサプライチェーンを構築することは難しい。

 ところが,本来であれば中心的に取り組むはずの電力業界が,水素発電に対して熱心でない。電力各社は,火力発電関連の経営資源の多くを石炭火力のアンモニア転換に充てており,欧米ではすでに具体化している大型水素発電のプロジェクトは,今のところ,日本では見当たらない。

 日本の電力各社がアンモニアを選択し水素に冷淡なのは,①社会的批判の高まりから火力部門では石炭火力のアンモニア転換が第一義的に追求すべき経営課題となっている,②アンモニアでは存在する世界的なサプライチェーンが水素には存在しない,③電力会社は火力発電所における脱硝プロセスを通じてアンモニアに関する知見を有している,などの事情による。しかし,誰かが大型水素発電を始めない限り,水素のサプライチェーンが構築されることはない。水素の最大の課題として需要の問題をあげたのは,このためである。

 最後に合成メタンを製造するメタネーションについては,互いに関連する技術と需要の問題が存在する。メタネーションの技術はいまだに開発途上にあり,合成メタンは,アンモニアや水素に比べて技術面でのハードルが高い。したがって社会的実装に時間がかかるが,あまりゆっくりしていると,電化におされて肝心のガス需要が縮小しかねない。これが,メタネーションの直面する課題だ。

 合成メタンの使用は,水素の直接利用に比べてエネルギー効率が悪い。にもかかわらず日本の都市ガス業界がメタネーションに期待をかけるのは,既存のガス導管をそのままの形で活用できるからである。水素は,都市ガスの主成分であるメタンに比べて,容量当たりの熱量が小さい。そのため,水素の直接利用に切り替えて熱需要にこたえようとすると,既存のガス導管だけでは足りず,大規模な導管投資を行わなければならない。これを避けるために日本の都市ガス業界は,「カーボンニュートラル化の切り札」としてメタネーションに取り組んでいるわけである。

 一方,欧州の都市ガス業界は,水素の直接利用を志向している。カーボンニュートラル化の過程での電化の進展により,ガス需要が大幅に縮小することを見込んで,メタンが水素に切り替わっても追加的な導管投資はしないですむと判断しているのである。

 ガス需要を維持するためには,日本の都市ガス業界はメタネーションの開発を急がなければならない。遅れれば遅れるほど電化の攻勢が強まる。逆に早ければ早いほどガスの堅城は揺るがない。メタネーションに関しては,技術の問題と需要の問題が直結しているのである。

 アンモニア・水素・合成メタンは,それぞれに課題を抱えている。これらの課題は,わが国がカーボンニュートラルへの道を進むうえで,必ず克服しなければならない関門なのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2410.html)

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橘川武郎

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