世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2407
世界経済評論IMPACT No.2407

米国のインド太平洋経済枠組み(IPEF)構想

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.01.31

バイデン大統領,昨年10月に構想を発表

 バイデン大統領は「インド太平洋経済枠組み」の構想を昨年10月27日,テレビ会議形式で開かれた第16回東アジア首脳会議(EAS)で明らかにした。昨年10月は,中国がCPTPPに加盟申請を行った翌月だが,米国が中国の加盟申請に刺激され,急ごしらえで「経済枠組み」構想を発表したのではないように思われる。

 中国がCPTPPに加盟申請を行った日と同じ昨年9月16日の記者会見で,サキ大統領首席報道官は「バイデン大統領は当初からTPPに再加入しないことを明確にしている」と述べているが,この頃すでにバイデン大統領は,CPTTPとは別の方法によって,致命的に重要なインド太平洋における米国の経済的リーダーシップを回復する方策の検討を進めていたのではなかろうか。

 昨年10月27日のEASにおけるバイデン大統領の発言は,ホワイトハウスが短い声明として発表している(注1)。発言は3点ある。第1は,インド太平洋に対する米国の永続的コミットメントの表明,第2は米国が「インド太平洋経済枠組み」(Indo-Pacific Economic Framework,以下IPEFと略)の具体化をパートナー諸国と進め,経済的枠組みの柱は,米国とインド太平洋諸国の共通の課題である①貿易円滑化,②デジタル経済と技術の標準化,③サプライチェーンの強靭化,④脱炭素化とクリーン・エネルギー,⑤インフラストラクチャー,⑥労働基準,およびその他の共通課題に置くこと,第3は同盟国およびパートナー国とともに,米国は民主主義,人権,法の支配,海洋の自由を支持すること。

 4年ぶりの米大統領のEAS参加に続き,レモンド商務長官とタイ通商代表は別々に11月中旬,アジア諸国を歴訪し,各国政府とIPEFについて協議した。IPEFに沿ったと思われるのが日本との協議であった。萩生田経済産業大臣は11月19日の記者会見で次のように述べている。「11月15日,レモンド長官と日米商務・産業パートナーシップ(JUCIP)(注2)設立で合意しました。また,17日には,タイ代表と日米通商協力枠組み(注3)の立ち上げを確認しました。これらの枠組みを通じ,産業競争力の強化,サプライチェーンの強靭化,通商分野などの多様な分野での日米両国の協力を一層強化できると考えています。これらは日米二国間の関係強化の枠組みであり,特定の第三国を念頭に置いた取組ではありません」(注4)。

CSISの評価と提言

 東アジア歴訪中,IPEFについて頻繁に発言したレモンド長官は,11月17日にシンガポールで開催された第4回ブルームバーグ新経済フォーラムで,萩生田大臣の発言と同じように,「IPEFは中国に対抗するものではなく,米国とインド太平洋のパートナー諸国との長年にわたる強靭な商業的,経済的関係を発展させるためのものだ」と説明した。また,IPEFの正式発表は2022年初頭行われると述べたが(注5),1月21日付のInside U.S. Trade はオーストラリア,インドなどとの調整後,米政府によるIPEFの発表は2月になろうとの政府関係者の見方を報じている。

 一方,タイ通商代表は今年1月12日,アイルランド・ダブリンのシンクタンクIIEA(The Institute for International and European Affairs)のオンライン講演会で,IPEFは米EU間のTTC(貿易技術評議会)と対象領域も意図も類似していると述べ,「TTCはより公式な貿易協定に発展するのか」との質問に対して,「TTCは貿易協定に代替するものでも,貿易協定を妨げるものでもない。EUは法的拘束力のある貿易協定にはならないと言うが,その可能性が全くないとは言えない(I never say never)」と回答している。TTCをIPEFに置き換えると,タイ代表の意図が透けて見えるように思われるが,インド太平洋はEUほど均質な国々の集合体ではないから,TTCをIPEFに置き換えるには無理があろう。

 IPEFがどう機能し,インド太平洋の発展にどのように寄与するのか。詳細の発表を待つしかないが,1月26日に発表されたCSIS(戦略国際問題研究所)の長文の提言“Filling In the Indo-Pacific Economic Framework”(注6)は示唆に富む。この提言はIPEFの6つの柱とその他の課題(前述)それぞれについて問題点と対応策を詳細に説明し,最後にIPEFを成功させる4つの条件を示している。それらは次のとおり。

  • 1.IPEFは,米国とインド太平洋の両方に明確な恩恵をもたらすものであること。
  • 2.IPEFは,原則と目標だけではなく,拘束力のあるルールと厳格なコミットメントを設けること。
  • 3.IPEFの領域は広範に及び,多くの米政府機関が絡むためホワイトハウス内にプロジェクト全体を掌理し,インド太平洋諸国側の問題にも対処する専属の担当官1名を任命すること。
  • 4.労働界,企業,消費者,環境・市民団体,さらに連邦議会などすべての利害関係者との関係するIPEFは,透明性と包括性という原則を貫くこと。

 IPEFが成功するか否か。すべてはバイデン大統領の判断と決定にゆだねられている。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2407.html)

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