世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2400
世界経済評論IMPACT No.2400

地政学の台湾:半導体産業による国家安全保障の役割

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.01.24

(1)ハイテク産業の役割

 台湾は単に第1列島線の中心的な存在という地理的重要性だけでなく,ハイテク産業の半導体,パソコン,サーバー用コンピューターなどの生産拠点として,絶対的な地位を占めている。現在,日米欧諸国は中国の中央集権体制の脅威から,台湾を保護している。言い換えれば,台湾を保護することは,日米欧諸国が自らの利益に叶うことであり,日米欧の利益は台湾のハイテク産業でもある。

 英誌『エコノミスト』(2021年5月1日付)の特集号「地球上で最も危険な場所」やロイター通信が最近伝えた記事で,台湾の半導体産業は「米中対決の戦場」になったと述べた。台湾は米中対抗の最前線に位置し,半導体は台湾自身を保護する決め手になったと指摘した。記事の中で,TSMC(台湾積体電路製造)は「現在と未来」のデジタル製品の製造と先端兵器(F-35戦闘機用やミサイル用半導体)の最も重要な技術を掌握し,特に線幅5nm(ナノメートル)以下のHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)チップの市場シェアは90%を超えたと述べている。米中は知らないうちに台湾の半導体に対する依存が非常に大きいことに気が付くことになった。米中自身は,TSMCに対する依存からの脱却を試みるようになり,アメリカはTSMCを説得し,アリゾナ州でHPCチップを製造するようになった。また,中国政府も大量の資金を半導体産業に投入し,国産化を進める。それでもなお,半導体産業の多くの重要な領域において,台湾に約10年の遅れを取っているほか,華為(ファーウェイ)の5G基地局など中国のハイテク技術は米日欧などから排除されるようになった。

 半導体産業のファウンドリー(半導体の受託製造),ウエハーの封止・検査,ファブレス(半導体の設計)やノートパソコン,スマートフォンのEMS(電子製造サービス)産業などの多くのサービスは,台湾企業により世界主要の顧客に提供されている。TSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)は「地政学を考えれば将来TSMCは世界各国で争奪の対象になる」と語った。現在,この言葉は実態とぴったりと合致するようになった。

 なぜ台湾の半導体は重要なのか。2021年第3四半期の世界トップ10のファウンドリー企業の売上高と市場シェア(トレンドフォース社調べ)によると,1位のTSMCが148.84億ドルと53.1%で,以下2位のサムスン電子が48.1億ドルと17.1%,3位の聯華電子(UMC)が20.42億ドルと7.3%,4位のGF(グローバルファウンドリーズ)が17.05億ドルと6.1%,5位の中芯国際(SMIC)が14.15億ドルと5%,6位の華虹半導体(Hua Hong)が7.99億ドルと2.8%,7位の力晶半導体(パワーチップ)が5.25億ドルと1.9%,8位の世界先進(VIS)が4.26億ドルと1.5%,9位のタワーセミコンダクターが3.87億ドルと1.4%,10位のDB HiTekが2.83億ドルと1%の順位である。ちなみに,1位のTSMC,3位のUMC,7位のパワーチップ,8位のVISの4社の台湾のファウンドリー企業の市場シェアを足すと64.8%に達し,3分の2弱が台湾企業によるものであることがわかる。

 世界の半導体の封止・検査企業のランキング(2014年)を見ると,トップ20社のうち9社は台湾の企業,すなわち1位の日月光(ASE),3位の矽品(SPIL),5位の力成科技(パワーテック),9位の南茂科技(Chip MOS),10位の頎邦科技(Chipbond),13位の京元電子(King Yuan),16位の華東科技(WAE),18位の華泰電子(OSE),20位の福懋科技(FAT)である。国別封止・検査の市場シェアによると,台湾は54.3%であり,中国の16.4%,アメリカの11.7%,日本の7.6%,韓国の4.9%を遥かに凌駕している。

 半導体設計担当のファブレス企業(デザインハウス)の2021年第3四半期売上高の世界トップ10社のランキング(トレンドフォース社調べ)を見ると,1位のクアルコムは77.33億ドル,2位のNvidiaは66.12億ドル,3位のブロードコムは54.3億ドル,4位の聯発科技(メディアテック)は47.03億ドル,5位のAMDは43.13億ドル,6位の聯詠科技(ノバテック)は13.76億ドル,7位のマーベル・テクノロジー(Marvell)は11.66億ドル,8位の瑞昱半導体(リアルテック)は10.39億ドル,9位のザイリンクス(Xilinx)は9.36億ドル,10位の奇景光電(ハイマックス)は4.21億ドルである。このトップ10社のうち,4位のメディアテック,6位のノバテック,8位のリアルテックと10位のハイマックスの台湾企業4社がランキングに入っており,国別では第2位である(アメリカが6社で1位)。世界の半導体産業における台湾の地位が非常に高いことがわかる。付言すれば,この世界トップ10社のファブレス企業のうち,8社はTSMCの顧客である。

 これらのデータから分かるように,万が一,台湾有事が発生し,世界向けの半導体供給が停止した場合,世界経済の停滞は避けられない。自動車産業,電子産業,家電産業などは半導体の不足で大パニックになることが予測できる。1999年9月21日,台湾における20世紀最大の地震と言われるモーメントマグニチュード(Mw)7.6の台湾南投県集集大地震(921大地震)が発生した。当時,台湾はパソコンの「OEM(自社ブラントを持たないで受託製造)大国」であり,地震発生の情報が伝わると米・ナスダック指数が暴落した。仮に「台湾有事」が発生した場合,世界のファウンドリー,ファブレス,封止・検査,ノートパソコン,サーバー用コンピューターの多くは台湾が担当しているため,世界経済へのダメージは計り知れない。日米欧諸国にとって台湾は重要な“シリコン・アイランド”であり,中国による“呑み込み”は絶対に許容できない。

(2)地政学における台湾の役割

 前述のとおり,台湾は第1列島線の中心に位置している。アジアの地図を逆さまで見ると,その重要性をより鮮明に見ることができる。中国は台湾を掌中に入れようと虎視眈々である。軍事的に言えば,東シナ海,台湾海峡および南シナ海の海洋の水深はそれほど深くなく,電子偵察機や人工衛星は中国の原子力潜水艦の海底活動を偵察することができる。そういう意味で,中国は第1列島線から第2列島線に出ることが難しく,台湾島は大きな“航空母艦の役割”を果たしている。

 しかし万が一,中国が台湾を掌中に入れた場合,台湾の東海岸は太平洋に直面しているため,中国の原子力潜水艦は太平洋に潜った場合,電子偵察機や人工衛星では捕捉することが難しく,簡単に第2列島線を突破し,第3列島線のアメリカの西海岸に到達することができる。日米欧諸国は安全保障面から考えても,中国による台湾の“呑み込み”を絶対に認めることはできないことがわかる。

 仮に台湾が中国の掌中に入り,アメリカがそれを防ぐことができなかった場合,パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)という覇権を維持することができなくなる。そして誰もがアメリカを信頼することができなくなり,アメリカは世界の覇者の座を中国に差し出すことになろう。

(後記)筆者の連絡先(asamoto@lep.bbiq.jp)。

[参考文献]
  • 朝元照雄「台湾・地球上で最も危険な場所:英誌『The Economist』は何を語るのか」世界経済評論Impact No.2139,2021年5月10日。
  • TSMCについて:朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」。
  • メディアテックについて:朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第2章「聯発科技(メディアテック)の企業戦略」。
  • 日月光について:朝元照雄『発展する台湾企業』勁草書房,2018年,第4章「日月光(ASE)の企業発展」。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2400.html)

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