世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2351
世界経済評論IMPACT No.2351

米,インフラ投資・雇用法制定:その内容と党内対立

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.11.29

 インフラ投資・雇用法案(HR3684)は,11月5日(金)深夜11時半,下院で可決され,11月15日バイデン大統領の署名によって,公法PL117-58として制定された。署名式典は従来のホワイトハウスの屋内ではなく屋外,ホワイトハウスの中央に位置するトルーマン・バルコニーを背にした南庭前で行われた。式典には与野党の両院議員,閣僚,業界,労組の代表など800人余が参加した。

 この盛大な式典は,バイデン政権の業績に懐疑的な世論に法案制定の意義を強く訴えるためである。バイデン大統領は,インフラ投資・雇用法がホワイトカラーではなく,ブルーカラーの雇用の拡大に大きく貢献すると訴えた。本稿では,本法成立までの経緯と内容を改めて振り返っておきたい(注1)。

新規予算額:当初案の2.6兆ドルから0.55兆ドルに削減

 新規のインフラ投資予算は,バイデン大統領が3月に発表した2.6兆ドルから8月10日の上院可決(注2)によって0.55兆ドル,当初案の21%に削減された。11月5日に下院が可決したのは,この上院法案とほぼ同額である。成立したインフラ投資・雇用法の予算額が10年間で1.2兆ドルと報じられているのは,この0.55兆ドルに既存の予算0.65兆ドルを加えた合計額である。削減されたとはいえ,総額1.2兆ドルのインフラ投資は,1956年にアイゼンハワー大統領が推進して制定された全米州間高速道路法以来最大の公共投資法であり,インフレ分を調整すればこの高速道路網建設に匹敵し,ルーズベルト大統領のニューディール政策によるインフラ投資とほぼ同額だといわれる。

 トランプ前大統領はインフラ投資の推進を“インフラ投資週間”と囃し立てたが,減税法案を優先させ,結局インフラ投資計画は実現されなかった。今年3月の計画発表から9ヵ月掛けて法律制定に漕ぎ着けたバイデン大統領は,計画の遂行にも慎重である。連邦気候変動対策投資の場合は,少なくとも総額の40%は,投資対象として不利な状況に置かれたコミュニティに配分するという「インセンティブ・フォーティ・イニシアティブ」の方針をインフラ投資にも適用する方針である。

 また,インフラ投資遂行のための進行・管理は州・地方政府と連携して進められ,タスクフォースが設置された。計画全体はブライアン・ディーズ国家経済会議議長とタスクフォース長に就任したブライアン・ランドリュー元ニューオリンズ市長が統括する。また運輸,内務,エネルギー,商務など各省長官もタスクフォースのメンバーとなり,各所掌に責任をもつことになっている。

インフラ投資の配分:輸送52%,公益44%,公害4%

 8月の上院可決法案によって,バイデン大統領の当初案から完全に削除されたのは,①在米製造業支援・エネルギー関連の調査研究等5660億ドル,②公共住宅建設・コミュニティカレッジ支援・公立学校近代化等3870億ドル,③医療・障害者施設勤務者の待遇改善等4000億ドル。さらに④公益事業のうちクリーンエネルギー税額控除3630億ドルも全額削除された。これら削除額の合計は1.7兆ドルで,これを当初案の2.6兆ドルから差し引くと0.9兆ドルとなるが,上院はこの0.9兆ドルも0.55兆ドルに圧縮した。インフラ投資の範囲を厳格に絞った結果である。

 0.55兆ドル(5450億ドル)の内訳は輸送関係が2840億ドル(52.1%),公益関係が2400億ドル(44.0%),公害対策(放棄鉱山・井戸処理)が210億ドル(3.9%)である。事業別に予算額順にみると,道路・橋梁1100億ドル,ブロードバンド650億ドル,発電650億ドル,水道550億ドル,災害対策470億ドル,公共輸送390億ドル,空港250億ドル,港湾・水路170億ドルなどで,電気自動車関係は当初案の1570億ドルが150億ドルに縮小された。これら投資によって,老朽化した道路や橋の修復,全米の高速通信網の整備のほか,鉛製の水道管は健康に安全な材質の管に取り替えられ,電気自動車用の充電設備が全米に設置される。

下院票決では民主党6人,共和党13人が党に造反

 11月5日の下院本会議の票決は,賛成228(民主党215,共和党13),反対206(民主党6,共和党200)となった。米国議会には党議拘束の慣行はなく,ペロシ下院議長およびバイデン大統領は反対する民主党議員に説得を続けたが,コアの反対派6人(注3)は最後まで態度を変えなかった。これら6人は The Squad と呼ばれるグループで,96人の「議会進歩派コーカス」に所属している。彼らが反対票を投じたのは,バイデン大統領提案の1.85兆ドル(注4)のいわゆるヒューマンインフラ投資法案に優先してインフラ投資法案を成立させることに反対したためである。

 一方,法案に賛成した共和党議員13人のうち8人の議員は当初からインフラ投資法案の成立に協力し,5人はインフラ投資を共和党の伝統的な政策として支持してきた議員である。当初インフラ投資法案に賛成する共和党議員は29人いたが,バイデン政策に反対するトランプ派のケビン・マッカーシー下院共和党リーダーの切り崩しによって13人に減った。これら13人は共和党右派からの激しい攻撃にさらされ,過激な言動を理由にすべての委員会から排除されているマージョリー・テイラー・グリーン議員(ジョージア州選出)はツイッターに13人の電話番号を載せ,ペロシ議長とバイデン大統領に票を売ったと攻撃している。また,トランプ前大統領は,法案に賛成した共和党の上院議員19人,下院議員の13人は「民主党を助けたことを恥ずべきだ」と非難した。党派内の対立は共和党内でも激しいことがわかる。

[注]
  • (1)本稿はThe New York Times,The Washington Post(ともに電子版)の報道を基にしている。
  • (2)上院における法案成立の要因については本コラム8月30日付No.2270 「ハードとソフトのインフラ投資法案」参照。
  • (3)6人の民主党議員はジャマール・ボウマン(ニューヨーク),アレキサンドリア・オカシオ・コルテス(同),コリー・ブッシュ(ミズーリ),イルハン・オマール(ミネソタ),アヤンナ・プレスリー(マサチューセッツ),ラシダ・トライブ(ミシガン)。全員非白人でボウマンを除いてすべて女性。下院議員に就任したのはいずれも近年で,2019年1月が4人,2021年1月が2人。
  • (4)10月末,バイデン大統領は当初の計画3.5兆ドルを1.85兆ドルに半減し,増税規模も2兆ドルに引き下げた。1.85兆ドルには当初計画にあった高齢者用処方薬の薬価引き下げ,介護休暇等の有給保障,コミュニティカレッジ学費無償化,また増税では法人税引き上げ,富裕者増税なども削除された。この縮小案を民主党進歩派議員に納得させることに手間取り,バイデン大統領はローマで開かれたG20首脳会議出席への出発が遅れた。なお,この法案は11月19日下院を220対213で可決された。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2351.html)

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