世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
破綻国家へ逆戻りで薬物経済拡大か:アフガニスタン編
(青山学院大学経済学部 教授)
2021.09.20
米中冷戦下においても国際社会が協調すべきグローバル課題は気候変動,感染症対策に加え,薬物経済の管理だろう。この点では,ここ1年半に2つの震源地が不安定化した。アフガニスタンとミャンマーである。主要諸国が自身のコロナ対応に追われているうちに,前者では米軍撤退,後者では国軍クーデターを機に,再破綻へ向かっているように見える両国で,不正薬物生産と組織犯罪が活発化することが懸念される。本稿ではアフガニスタンについて述べ,ミャンマーについては別稿にゆずる。
アフガニスタンの前政府はその財政の過半と経常収支赤字の4割ほどを米欧日など国際社会の援助で埋め合わせてきた。タリバン新政権がどのように国家づくりを進めるのか,国家運営に必要な財源をどうやって調達するのか,未知の領域である。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば,アフガニスタンの不正薬物経済はGDPの6~11%にのぼるという(2018年推計)。薬物生産・密輸は2001年の「9.11」以前からタリバンや各地方武装勢力の重要な資金源の一部となってきた。この構造が復活・拡大する恐れがある。
UNODCの直近の報告書World Drug Report 2021によると,不正ケシ栽培の世界総面積は2017年をピークに2019年まで減少傾向だったが,2020年は反転増加(24%)し,約30万haに達した。このうちアフガニスタン76%,ミャンマー10%,メキシコ7%と,この3カ国で93%を占める。
アフガニスタンがアヘン生産大国として台頭したのはソ連(当時)による侵攻後の1980年代であり,ムジャヒディン(ジハード戦士)グループらが武器調達のための資金源として利用したことも要因に挙げられる。ソ連撤退後に登場したタリバン勢力も,アヘン密輸を大目に見る代わりにザカート(喜捨)を科して資金源にしたという。9.11後も,各国境周辺の地方部族や民兵グループは中央政府の管理外で麻薬取引に関わり続けたとされる。2009年時点でアフガン由来のアヘン・ヘロイン取引から得られる収入が,生産農民へ4.4億ドル,国内反政府勢力へ1.6億ドル,アフガン密輸業者へ22億ドル,外国密輸業者へ70億ドル落ちたと推定された(UNODC)。ケシ栽培からアヘン生産,そしてヘロイン精製,密輸・流通,小売りと川下に近づくにつれて犯罪組織の利益マージンが大きくなる構図だ。密輸ルートとしては,内陸国であるアフガニスタンからまず隣接のイラン,パキスタン,タジキスタンなどを経由する。ヨーロッパ市場へはイラン,トルコを経由する「バルカン・ルート」が利用される。
ケシ由来のオピオイドに加え,近年,アフガニスタンで生産・密輸が急拡大してきたのがアンフェタミン系覚醒剤のメタンフェタミンである。英エコノミスト記事(2019年9月7日付)によると,以前,隣国イランでメタンフェタミンが不正生産されていたところ,当局の取り締まり強化を契機に,拠点がアフガニスタンに移動したのだという。また,メタンフェタミンの製造プロセスでは,前駆体であるプソイドエフェドリンを含有する風邪薬などを密輸入で調達するのが通常だが,アフガニスタンの高度2500m超の高地帯で自然生育するエフェドラ植物(麻黄属)で前駆体を代替することで,生産コストが半減するという「技術革新」が起こったという。
UNODCによると,イラン国境での押収実績の増大から見て,コロナ禍でもアフガニスタンでのメタンフェタミン生産は全く阻害されていないという。しかも卸売(闇)価格が,ミャンマーではkgあたり3000ドルほどなのに対し,アフガニスタンはその10分の1と競争力が高く,強力な拡散要因となっている。タリバンもアフガン各地でメタンフェタミンの取引に関与しているとされる。オピオイド取引で確立された密輸・流通ルートにこの「新顔商品」が乗っているものと推測される。
世界銀行によると,アフガニスタンの1人あたりGDPは2012年の641ドルをピーク2020年は508ドルまで低下した。巨額の米国軍事支援と西側諸国の開発援助を受けながら,最貧国から抜け出せる気配が見えなかった。険しい地理と「グレート・ゲーム」以来の複雑な歴史が絡むこの土地で,国家づくりは困難を極めるということを,西側諸国は20年をかけて高いコストを払って学んだ。
バイデン米政権はアフガン中央銀行が米国に保有する資産を凍結し,世界銀行やIMFが経済支援を中断したと報道されている。現地通貨アフガニの価値がタリバン支配後に急落し,食料やガソリンなどの輸入品価格が上昇し,国民生活はさらに困窮しているもようだ。タリバン政権が極端なイスラム法に基づく非民主的な国家づくりを進める場合,西側諸国からの承認も支援も得られない。ますまず薬物生産・密輸への依存が高まることが予想される。残念ながら,犯罪組織は官僚組織よりもはるかに素早く創造的に国境を越えて協調する。西側諸国が去った後の外交の空白を,内政不干渉を掲げる中国やロシアが埋めるとすれば,地下経済がますます野放しになってしまう恐れがある。
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