世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2282
世界経済評論IMPACT No.2282

中国最大の半導体受託製造:中芯国際のトップの更迭と苦悩

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.09.13

 『日本経済新聞』(9月3日付)は,中芯国際集成電路製造(SMIC)が88.7億ドル(約9800億円)を投資し,上海で新工場を建設すると報道した。SMICは,中国最大で,かつ世界第5位のファウンドリー(半導体の製造受託)企業である。

 しかし,SMICは中国の軍用兵器に半導体を供給していることから,米商務省は2020年12月,安全保障上問題がある企業を並べた「エンティティー・リスト」にSMICを加え,10nm(ナノメートル)以下の半導体生産に必要な製造装置などについて,原則的にアメリカからの輸出許可を出さない方針とした。

 香港証券取引所の発表資料によると,SMICは上海市政府直属で貿易や投資などの改革を進める自由貿易試験区(臨港新片区)管理委員会などとの共同出資で,新工場を建設・運営する新会社を設立することに合意した。新会社の資本金は55億ドルであり,出資比率はSMICが51%以上,上海市政府側は25%以下で,ほかの投資家からの出資も募集するという。新工場は直径12インチのシリコンウエハーを月産10万枚生産する能力を持つ。新工場で生産する半導体は回路線幅が28nm以下の成熟技術のチップである。

 線幅28nmのチップは,現在,供給不足となっている成熟プロセス工程を必要とする半導体であり,映像センサス,Wi-Fiチップ,LCD駆動用半導体,マイクロコントローラ(MCU)などに使われる。

 SMICの新工場の発表会と同時に,SMIC董事長(会長)の周子学は一身上の都合で辞職すると発表した。周会長は1957年に生まれ,政府の工業信息化部(省)財務司司長を歴任した。周会長がSMICに就任して6年半で,上海「科創板」の上場に成功した。ちなみに,「科創板」とは,2019年7月に上海証券取引所が開設した新しい株式市場である。「科創」とは科学技術と創新(イノベーション)のハイテクを指す。2021年上半期SMICの売上高は160億人民元(前年比20%増),利潤は52億人民元(同・278%増)の好成績を上げ,業績の不振による更迭ではないことは誰でもわかる。周会長の辞任後,財務長兼秘書の高永崗が会長代理を務めるが,過渡的な時期での代理と考えられる。

 ところが7月4日,SMIC技術副総裁の呉金剛と研究開発のメンバー600人以上が辞任したことが明らかとなり,内部人事の不満と権力の争いがあるのでは,との疑惑がマスコミで報じられた。

 2020年12月中旬,SMICの共同首席執行官兼執行理事の梁孟松が辞表を提出した。梁は世界最大ファウンドリー企業のTSMC(台湾積体電路製造)の出身で,SMICからスカウトされ,SMICの線幅微細化の技術力向上に大きく貢献した人物である。辞職の理由は,SMICがTSMCの出身の蒋尚義を招聘し,副董事長(副会長)に就任させたことだった。TSMC在任時,蒋氏は梁氏の上司であったが,蒋氏の招聘を事前に通知しなかったことに梁氏は怒った。

 中国のメディアによると,SMICは梁氏の怒りを収めるために,梁氏の年収を34万ドルから135万ドル(約1億3500万円)と大幅に引き上げ,さらに2000万人民元(約3億2000万円)価値の高級マンションを提供した。これによって,梁氏は怒りを収め辞表を取り下げたという。

 その結果,SMIC上層部の年収などは次のようになった。(1)周子学会長,年収693万人民元,株券時価約1272万人民元,(2)蒋尚義副会長,年収432万人民元,株券時価約1272万人民元,(3)梁孟松,年収870万人民元,住宅資産2000万人民元,株券時価約1272万人民元,(4)呉金剛,年収214.1万人民元,株券時価約508万人民元。梁氏の年収は会長と副会長の年収を凌駕する構造になった。

 この措置は先述した「技術部門のNo.2」の呉金剛の辞職を招くこととなった。7月4日,SMICの公式サイドによると,呉氏の辞職は一身上の都号によるものとして認められたことになっている。

 事実上,SMICの内部では長期にわたり,“権力闘争”(人事関係の不和)が存在していた。20年以来,上層部には数回の更迭があり,台湾派,留学帰国派,中国国内派の不和が存在していた。なぜ,中国企業のSMICに「台湾派」があるのか,それは次の経緯によるものであった。

 2000年,TSMCの生産能力の拡大のため,業績が芳しくない世大積体電路をM&A(合併・買収)した。合併後,世大の生産規模から見ても張汝京総経理(社長)は,せいぜいTSMCでは工場長クラスのため,嫌気がさしたのか,張は病気を理由に辞職し,数百人の部下を連れて上海に行き,上海市政府の資金でSMICを設立した。当時の中国はTSMCのモデルの適応の是非を考えることをせず,張汝京は上海に工場を建てて,部下の台湾人技術者を使い,TSMCのモデルをSMICに複写し,人材もTSMCからヘッドハンティングして,いち早くキャッチアップしようと考えた。しかし,これが失敗の要因となった。TSMCから特許侵害で提訴され,SMICは2億ドルと同社株式の10%の株券を損害賠償で支払うことになり,張の辞職までに発展した。

 「張汝京の時代」は終焉を迎え,中国側は主導権を掌握し,多くの中国人幹部が導入された。この結果,もともと技術面で指導した古株の台湾人幹部と中国国内派,これに近年の中国人の海外帰国派が加わり,3つの勢力が互いに主導権を争うようになった。例えば,張汝京の有能な片腕でTSMC出身の邱慈雲(SMICの高級運営副総裁)の更迭で登場したのは中国国内派の趙海運である。他方,SMICは自主的に半導体が製造できる中国最大の半導体受託製造企業であり,「模範的企業」として宣伝の対象になり,赤字経営でも売却ができなくなった。最終的には中国政府が指定した大唐,華潤,信息(情報)産業集団の3つの国有企業が主な株主になった。

 TSMC創業者の張忠謀(モリス・チャン)はSMICについて,「TSMCにとって,SMICは脅威になっておらず,私の予測では,SMICの運営は大変厳しい。好景気時には僅かに稼げるか,トントンになるが,不況時には大きな損失を蒙る」と厳しく指摘した。張忠謀の指摘は厳しいのか,次のデータから判別することができる。

 中国は自国の半導体産業の構築に,莫大な補助金を企業に提供している。筆者が別途に入手したデータによると,2020年に中国政府が企業に支給した補助金額の順位は,中国中車(中国版新幹線の製造),SMIC,比亜迪(EVの製造),木林森,三安光電(LED用チップの製造)となっている。そのうち,SMICは第2位の補助金受給企業となっている。2020年のSMICの売上高は274.71億人民元,純利益は43.32億人民元,政府の補助金は24.89億人民元であり,純利益に占める補助金比率は57.5%である。2020年は世界的な半導体不足でSMICの業績は好調に見えるが,純利益の半分以上が政府の手厚い補助金によって支えられていることがデータからわかる。恐らく,政府から手厚い補助金の提供が得られるのは,SMIC内部の国内派の“貢献”であると考えられる。

 なお,張汝京,邱慈雲,梁孟松,蒋尚義は「TSMCの“叛将”(裏切り者)」のレッテルが貼られている。これらの上層部台湾派の特徴は,アメリカ名門大学で理工学系の博士号を獲得し,アメリカの大企業・研究機関で経験を積み,TSMCで要職に就き,多くの特許を持つ技術のキーマンである。

 しかし,SMIC内部での人事関係の不和,複雑な派閥の利害関係,それにアメリカからの制裁を加わり,多くの人材を失って,R&Dの進度に大きな打撃を受けていた。

[参考文献]
  • 朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」。TSMCの世大のM&Aと張汝京のSMICの設置に詳しい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2282.html)

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