世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2216
世界経済評論IMPACT No.2216

バイデン民主党のアキレス腱

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2021.07.05

 共和党内で,またぞろトランプ前大統領が動き出した。6月26日,退任後初めての政治集会を,中西部オハイオ州で,しかも反トランプ派の共和党現職下院議員追い落としのために開催したのだ。巷間では,2024年大統領選再出馬を目指すなどと,解説されているようだが,本音はむしろ,共和党内での影響力確保のためだろう。

 共和党内保守派が,トランプ支持の旗を降ろせないのには,いくつかの理由がある。トランプ前大統領が一期限りで敗退したのも,各州での投票ルールが大幅に緩和され,黒人有権者などの投票が容易・簡便になりすぎて,選挙結果が歪曲されたためであり,とどのつまり,選挙が盗まれたのだという主張。或いは,前大統領が設定した各種争点(不法移民への強硬姿勢,アメリカ・ファーストの外交,対中強硬姿勢,更には,巨大テック企業との対決など)を,民主党のバイデン大統領が引き継いだ形になっているが,解決に向けての迫力に乏しく,課題そのものが依然として残り続けていること等など。要は,ここ数年,争点となり続けるであろう,対民主党用のアジェンダそのものを,トランプ前大統領が設定してしまっているからなのだ。

 もちろん,民主党内には,そんなトランプ支持派に翻弄され続けている共和党内のざわめきを,対岸の火として見物を決め込む余裕などありはしない。自党内にも,再び大きな政府の時代が来たと,腕まくりして意気込む積極行動派のリベラル議員が多く,彼らの動きを抑えなければ,共和党内からの民主党案への支持が得られず,バイデン大統領が目指す,民主主義の神髄とも言うべき,超党派立法など実現しないのだから…。

 そうした実情を,直近妥協が成立した,1.2兆ドルのインフラ整備法案の扱われ方を軸に観てみよう。此処では,民主党中道のジョー・マンチン上院議員が,共和党シェリー・カピト上院議員ら穏健派とともに,重要な役割を果たしている。複雑な実情を紐解けば,その仕組みは概ね次のようになるはずだ。

 恐らく主導権はバイデン大統領自身がとったのだろう。その戦略によると,先ず議会の予算審議プロセスで重要となる,予算決議の中の財政調整措置“Reconciliation”を使う方法と,あくまで超党派の合意で審議を進める方法とを,区別して取り扱う。何故,そんな区別が必要になるのか…。

 それは,財政調整措置に対しては,フィルバスターが使えない,そんな上院ルールになっているからだ。つまり,バイデン大統領が現在提唱している,米国の社会・経済を長期的に変革する2つの計画(米国雇用計画=インフラ整備計画,と米国家族計画,合計で約8年間に4兆ドル)の内,超党派で妥協できそうな内容部分を,超党派合意法案の形で先ず採決してしまい。その後で,民主・共和両党の妥結が難しい部分を,予算決議の中に盛り込んで,つまり,フィルバスターが適用されない法案として処理しようとの目論見である。そうすれば,後者に関しては,民主党内での団結さえ保たれれば,共和党内の賛同がなくても,民主党単独で,可決することが出来る道理。

 バイデン大統領が,未だ充分に熟し切ったとは思われない超党派グループ案(8年間で1.2兆ドルの規模のインフラ整備法案)を,兎にも角にも,急いで取り纏めたのも,上記戦略に従っての,2分野分離の方向性故なのだ。だから,妥協案には,バイデン大統領が主張し,党内リベラル派が押すが共和党が反対する,気候変動や家族支援の諸々の制度改革案,さらにはそれら措置を裏付ける増税案が盛り込まれていない。

 そんな路線に従って,上記超党派グループ案が大筋合意できたのだが,此処でバイデン大統領は,余計な一言を発した。「私の手元に届く法案がこれ一本だけなら,私は署名しない」。その心は,続いて予算決議案が民主党単独で採択されて手元に届くはず,ということだろう。だが,この一言が,妥協案成立に向け努力してきた民主・共和両党の中道派上院議員達にどれだけ打撃を与えたことか…。

 実際,バイデン流のこうしたアプローチは,二律背反の要素が消し去れず,上院民主党のシューマー院内総務に多大の苦労を背負わせるもの。つまり,一方では,民主党内リベラル派を超党派法案支持で纏め上げる苦労,他方では,後続の予算決議案を民主党単独で採択するなら,超党派法案を取り纏めた民主・共和両党内の中道派を同妥協案支持から遠ざける結果となってしまう可能性。この二つの要素を,分離させずに引っ張って行くのは容易なことではない。こうした状況下で,バイデン大統領は上述の一言を発してしまったわけで,この発言が物議を醸し始めるや,直ぐに,「超党派案には,自分は署名する」と,慌てて前言訂正せざるをえなくなったのも極自然な成り行き。

 だが,民主党には,大統領の本音を代弁できる立場の有力者がいる。民主党ペロシ下院議長である。彼女は,「予算決議の採択なくして,超党派法案なし」と明言,別の機会には亦,「上院が先ず二つの法案を通さない限り,超党派法案・予算決議案のいずれについても,下院で審議を進めることはない」と断言したとのこと。要は,鳴り物入りの超党派法案も,その足下は,極めて脆弱といわざるをないのだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2216.html)

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