世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2167
世界経済評論IMPACT No.2167

なぜ日本の物価は上昇しないのか

小黒一正

(法政大学経済学部 教授)

2021.05.24

 先般(2021年4月27日),日銀は定例の金融政策決定会合を開催した。この決定会合では,コロナ禍での大規模な金融緩和の継続を明らかにしたが,2023年度の物価見通しが1%に留まる可能性も新たに公表した。

 この1%の見通しは,2023年4月で任期が終了する日銀の黒田総裁の任期中に,異次元緩和の目標であった2%の物価目標が達成不可能となったことを意味する。記者会見にて,黒田総裁から「時間がかかっており,そのことは残念だ」旨の発言があったが,なぜ日本の物価は上昇しないのか。

 まず,重要なファクトの一つは,過去のインフレ率(消費者物価指数)の推移を見ると,1989年は消費税の導入が物価を1.4%ポイントも押し上げているものの,日本中の景気が過熱したバブル期(1986年~1989年)においても,その年平均インフレ率は0.6%に過ぎなかったためである。また,1990年・91年は湾岸戦争,97年は消費税増税,2008年は原油価格高騰の影響があり,これらの要因を除くと,平時にインフレ率が2%を超えたのは1985年が最後である。

 もう一つ重要なファクトは,アメリカと日本の物価上昇率の違いだ。例えば,2019年8月における日米の物価上昇率(対前年同月)を比較してみよう。まず,財(モノ)全体の物価上昇率だ。驚くかもしれないが,テレビ・電話機器や玩具・婦人洋服・ガソリンは,アメリカの方がデフレで,モノ全体の物価上昇率は,日本が0.3%だが,アメリカは0.2%しかない。しかしながら,モノ全体とサービス全体を考慮した物価上昇率(消費者物価指数の総合から食品・エネルギーの影響を除いたもの)は異なる。この物価上昇率ではアメリカは2.4%だが,日本は0.6%しかない。

 この原因はサービス全体の物価上昇率にあり,アメリカは2.7%の上昇だが,日本は0.2%しかない。レストランでの外食や家賃の影響もあるが,筆者が最も重要だと考えるのは,政府による価格統制の影響である。特に重要なのは,上下水道・保育所保育料・介護料・大学授業料・病院サービスで,アメリカと異なり,日本ではこれらの領域に対する政府の価格統制が強い。この結果,これらの物価上昇率は0.5%未満となっており,日本のサービス全体の物価上昇率は極めて低い水準に留まっている。

 このファクトから分かることは,日本の低インフレやデフレは金融政策の問題ではなく,政府の価格統制などによる構造的な問題であり,この問題に切り込まない限り,2%の物価目標を達成することは難しいことを意味する。すなわち,日本の物価上昇率を引き上げるためには,サービス産業の構造改革が必要であり,例えば,混合保育・混合医療・混合介護などの推進で,これら分野における政府の価格統制を弱める必要があろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2167.html)

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