世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2105
世界経済評論IMPACT No.2105

RCEPはCPTPPより劣っているのか?

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授)

2021.04.05

 2020年11月に署名された東アジア初のメガFTA「地域的な包括的経済連携」(RCEP)。その水準,対象範囲は「21世紀型新通商ルール」と言われたCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)と比較される場面も少なくない。本稿ではCPTPPと比較しながら,RCEPの意義,役割を明らかにする。

成り立ちと前提が全く異なるRCEPとCPTPP

 東アジアで初めてのメガFTAであるRCEPは,頻繁にCPTPP(またはTPP)と比較され,1)自由化水準が低いこと,2)対象範囲に「国有企業」や「環境」,「労働」などが含まれていないこと,等から,劣っていると言われる場面もある。

 もともとRCEPとCPTPPではその成り立ちのみならず,目指すものも異なる。CPTPPはもともとシンガポール,ニュージーランド,チリ,ブルネイの4カ国で2006年に発効した環太平洋戦略的経済連携協定(TPSEPまたはP4)が源流である。「自由化の例外なし」が原則であり,更に知的財産や政府調達,競争政策など幅広い分野かつ高水準の経済連携を目指した。

 一方,RCEPは人口・経済規模・貿易額でも世界の約3割を占め,日本企業も深く関与したサプライチェーンが拡がっており,これを有機的,シームレスに繋げる構想である。その土台は,ASEANとパートナー国とで結ばれた異なる5つのASEAN+1FTAである。それらを重層化し且つ対象範囲を拡げることを目指した。ただし,ASEANは後発途上国やセンシティブ産業を有する国々を抱え,ASEAN+1FTAにおいても,最初から例外品目や対象外分野を設定するなど,柔軟性を持つ緩やかな枠組みであった。

 例えば,ASEAN+1FTAの関税削減では,最初にモダリティ(注1)などの枠組みを決め,それに従って品目を分類・仕分けする。ASEANにとって最初の域外FTAであるASEAN中国FTA(ACFTA)では,品目を大きく,①アーリーハーベスト品目,②ノーマルトラック,③ノーマルトラック2(関税撤廃を更に2~3年猶予),④センシティブ品目,⑤高度センシティブ品目(注2),に分けた。特に④と⑤では,品目数や輸入額などで上限を設けた上で,一定水準までの関税削減を行うが,関税撤廃の必要はない。またASEANインドFTAでは,最初から一定数の「除外品目」枠を設けていた。

 一定数の例外を容認するこの方法にはメリットもある。各国は品目を選定・区分けする際にある程度の裁量があったため,自国内の利害調整を実施・反映し易く,調整にかかる時間やコストを最小限に抑えることが可能であった。ASEAN韓国FTA(AKFTA)は交渉開始からわずか10カ月で署名に漕ぎつけた。

 また,RCEP交渉で最も重視したのは物品貿易である。RCEPの土台となっているASEAN+1FTAは,ASEAN豪NZFTA(AANZFTA)(注3)を除き,物品貿易,サービス貿易,投資の3本柱で構成されている(注4)。そしてその交渉は,一括受諾方式(シングルアンダーテイキング)ではなく,まず先に物品貿易協定を交渉・締結し,次いでサービス貿易協定および投資協定へと段階を分けて交渉を進めた。ASEANの多くの加盟国にとって,特にサービス産業の直接投資(第3モード),人の移動(第4モード)はセンシティブな分野である。そのため段階を分けて交渉することで,関税削減と絡めながらサービス貿易の自由化を迫られる懸念が軽減されるメリットもあった。その結果もあろうが,特にサービス貿易の市場アクセスについて,高い水準の自由化が実現している訳ではなく,またASEAN+1FTAが「物品貿易中心」と言われる理由にもなっている。

CPTPPと比べ,規定がない分野とその理由

 RCEPの交渉範囲は20章に亘った。しかし,CPTPPと比べ「国有企業」や「環境」,「労働」などの規定はない。また「政府調達」はあるものの,中央政府の調達に関する法令や手続きの透明性の確保を目的に,情報公開が求められる程度にとどまる。

 国有企業はCPTPPに参加しているマレーシアやベトナムでもセンシティブな事項であった。RCEP参加国の場合,中国のみならずASEAN各国にも依然として国有企業がインフラ他重要事業を担っている場合も少なくない。そのため,RCEPの対象にすることが困難であったことは容易に想像できる。

 また「労働」と「環境」については,交渉立ち上げ前の2012年8月,カンボジアで開かれた「ASEAN経済相(AEM)+ASEAN FTAパートナーズ経済相会議」で,豪エマーソン貿易相がRCEPでこれら分野を交渉範囲に含めるよう提案・迫ったものの,賛同を得られなかった。同貿易相は帰国後,「交渉が始まれば協定の対象範囲にそれらが含められるよう働きかけ続けることを(経済相に)伝えた」と語っていた(注5)。

 後日,RCEP交渉会合議長であったイマン・パンバギョ氏(前インドネシア貿易省通商交渉局長)はRCEP交渉を回想する中で,この会議が「最初の危機的な場面」と振り返っている。この場面では交渉範囲を巡って各国の意見が対立,大臣のみで別室に移って真剣かつ率直な議論を行なったという(注6)。ASEAN+1FTAの経済格差はCPTPPの比ではない。当時,「環境」「労働」はこれから開発を目指す国々の足枷になることが懸念された。その結果,「国有企業」,「環境」,「労働」の分野は交渉範囲から外されたのである。

 その一方で,当初は明確に交渉範囲に含まれていなかった「電子商取引」については,交渉範囲に加えられ,且つRCEPを代表する成果となった。これまで「国境を越える情報の移転」,「データローカライゼーション要件」について,2020年1月の米中経済・貿易協定を含めて,FTAでは一切約束してこなかった中国であるが,RCEPで初めて約束したのである。2012年8月に経済相間で合意したRCEPの「基本指針および目的」で規定される範囲は,①物品貿易,②サービス貿易,③投資,④経済および技術協力,⑤知的財産,⑥競争,⑦紛争解決,である。8番目として「⑧その他の事項」があるが,ここでは「RCEPは参加国間のFTAで包含されており,交渉の中で特定され,合意される他の事項を含めることを検討し,かつビジネス実態に即して新たに生じている事項も考慮する」と明記されている。電子商取引についても,交渉対象に入れるかどうか,入れた場合の許容される規律水準などについて議論した。

 経済産業省の⽥中繁広経済産業審議官はRCEP交渉を振り返り,TPPが2015年に⼤筋合意したことでRCEPでのルールに対する意識が変わり,「関税等の⾃由化部分だけでなく,ルールでも⼀定の成果を⽬指す」⽅向性になったと語っている(注7)。2017年9月にマニラで開かれたRCEP閣僚会合で,関税などの市場アクセスに加え,知的財産権,電子商取引,貿易円滑化などルール分野についても,重点的に協議する「基本要素(キーエレメンツ)」に定め,その成果を交渉目標に据えたのである。

 日本が参加・牽引してきたCPTPPとRCEP。その2つでは水準も,範囲も異なる。しかし,共通しているのは,機能不全に陥っている世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉における自由化やルール形成を補完するビルディング・ブロック(積み石)であるということである。そのためにCPTPPとRCEPとは相互に刺激し合い,水準の向上,加盟国の拡大を目指すべきである。

[注]
  • (1)FTAにより貿易自由化を進めていく上で,各国に共通に適用されるルールや自由化の方式・水準。
  • (2)高度センシティブ品目(HSL)は50%までの関税削減を求めていた。関税率が50%未満の品目をHSLに指定すると,実質的に関税削減からの「除外品目」となる。
  • (3)AANZFTAは物品関税以外の投資・サービス他分野も規定した包括的な協定。ASEAN+1FTAでは電子商取引,人の移動,知的財産,競争政策等を初めて対象範囲とした。
  • (4)日ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)についても,投資・サービス貿易は2010年に交渉開始,2019年2~4月に各国が本改正議定書に署名。発効したのは2020年8月。
  • (5)豪貿易省メディアリリース(2012年9月1日付)
  • (6)MITIジャーナル(2021)「RCEPの世界へようこそ」(https://meti-journal.jp/policy/202103/)。
  • (7)脚注(6)に同じ。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2105.html)

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