世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1881
世界経済評論IMPACT No.1881

米国大統領選挙:郵便投票に猛反対するトランプ大統領

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2020.09.14

 トランプ大統領は去年から,「郵便投票は不正に操作され(rigged),選挙詐欺(fraud)となる」と言い続け,郵便投票に猛反対している。大統領は住所を移したフロリダ州の予備選挙には不在者投票を郵便で行った。同じ郵便で送られるのに,不在者投票は良くて,郵便投票はなぜ悪いのか。トランプ大統領は不在者投票は厳しく管理されているからだと言い,忠臣のバー司法長官も口裏を合わせている。トランプ陣営は65万ドル払ってフェイスブックに選挙広告を出し,不在者投票を呼び掛けてはいるが,郵便投票には言及していない。

 大統領の主張は正しいのか。それに答える前に米国の投票制度をみておこう。米国では18歳以上の国民は選挙権を持つが,有権者登録をしないと投票できない。投票は,投票所に行って投票用紙に書き込んで行うのが一般的だが,投票所には行かず,郵便で投票用紙を送る郵便投票の方が多くなっている。不在者投票制度もあるが,日本のように特定の場所に行って投票するのはなく,郵便で投票用紙を送る。郵便を担うのは米国郵政公社(U.S. Postal Service)である(注1)。

根拠のない大統領の主張

 38年間共和党の選挙法務に従事し,選挙戦に関与してきたギンズバーグ弁護士は最近のワシントン・ポスト紙に次のように書いている(注2)。

 「郵便投票は不在者投票と同様に扱われ,両者に差はない」。「トランプ大統領は,我々が敗北するとすれば,原因は不正な選挙にあり,郵便投票は非常に危険で,膨大な詐欺と膨大な不法が行われると述べるが,この主張には何の根拠もない。数十年間,投票の実態を見てきた者として言えることは,選挙が不正に操作されたことはないということだ」。「ヘリテージ財団の選挙詐欺データベースによると,投票詐欺の総件数は1982年以降で1,296件。総投票数に占める割合は非常に僅かである。2016年と2018年に郵便投票が行われた3州(ワシントン,オレゴン,コロラド)で,二重投票や死者の名を使った詐欺投票は372件。総投票数1,460万票の0.0025%にすぎない」。

 トランプ大統領は9月2日(水),ノースカロライナ州の遊説で,不在者投票をする人に,念のため投票所に行ってもう一回投票するように勧め,翌日も翌々日も同じ助言を繰り返した。ノースカロライナ州の選挙管理委員会は直ちに,二重投票は違法行為だと声明を出し,メディアも一斉にトランプ大統領を非難した。

郵政公社の不可解な総裁人事

 米国にはUPS,FedExといった民間の宅配業者がいる。しかし,全米3万1,000ヵ所に郵便局を設け,国内のどこへでも同一料金で郵便物を運んでくれる郵政公社は米国民の生活に不可欠なライフラインである。白い車体に赤・青のラインと国鳥・白頭鷲の頭部をデザインした小型トラックは市民にも馴染み深い。シアーズ・ローバックが通信販売で成功したのも,この郵便制度のお蔭だし,退役軍人省は今でも外来患者の処方薬の発送はその8割を郵便で行っている。その郵政公社が大赤字(2007~2018年の累積赤字は690億ドル)のうえに,コロナウイルスの蔓延で商業用郵便物は大幅に減少し,財務状態はさらに悪化している。遅配もひどくなる一方だという。

 そんな郵政公社に投票用紙の配達を任せて大丈夫かと心配した議会は,ルイス・デジョイ総裁を召喚して問い質した。総裁は現在進めているコストカット策を選挙期間中は停止し,大量に郵便物が増えても処理できると断言した。しかし,証言をそのまま信じることはできそうもない。デジョイ総裁は,ムニューシン財務長官が人選を進め,トランプ大統領の指名,上院の承認を経て6月15日に就任したばかりである。前身は輸送会社の社長で,郵政公社にとって初の民間出身総裁だが,前職と郵政公社との関係に利益相反の疑いが出ている。しかも,デジョイ総裁はトランプ大統領と共和党への大口献金者であり,トランプ大統領は総裁の妻をカナダ大使に指名している。

 デジョイ総裁のコストカット策は,超過勤務の削減,数百台の自動郵便仕分け機や郵便ポストの撤去など手荒いもので,遅配を激しくしていると批判されている。トランプ大統領はこの3年間で郵政公社の理事6人を全員交替させたうえで,新総裁を送り込んでいるから,郵政公社改革への意気込みは強固であり,郵便投票批判は郵政公社改革とも通底しているようにみえる。

トランプ大統領の本当のねらい

 郵便投票は選挙ごとに増えている。パンデミックが収束しない中で行われている今年の選挙では,郵便投票が大幅に増えている。今年の予備選挙では投票の76%(史上最高)は郵便で行われ,より投票しやすい方法を採用する州が増えている。カリフォルニアなど18州と首都は全登録有権者に投票用紙か不在者投票用紙を郵送し,投票所に出向いて投票するか,郵便投票にするかは有権者の判断に任せている。不在者投票には理由の提示が必要だが,34州ではパンデミックの場合は理由なしで不在者投票を認めている。また,郵送の遅れを防ぐために,州独自の投票ポスト(drop-off box)に投函する制度を採用している州もある。

 大統領の主張に追随するように共和党支持者は郵便投票に消極的だが,民主党支持者は郵便投票に積極的である。トランプ大統領は8月末の共和党全国大会で郵便投票を批判し,「民主党は低所得の有権者に投票用紙を配り,票を集めている,パンデミックを利用して選挙を盗もうとしている」と連日民主党を非難した。トランプ大統領が郵便投票を攻撃する理由は,選挙で大勝を挙げられなかった場合に,投票結果を攻撃する材料を予め用意しておくことにあるとも言われる。

 しかし,真のねらいは民主党支持者に郵便投票を行う意欲を削ぎ,接戦州で僅差でも勝利して全選挙人を獲得することにあるのではなかろうか。2016年の選挙では,一般得票数ではヒラリー・クリントンに300万票の差を付けられたが,獲得した選挙人の数で圧勝して当選した。その再現を求めているというわけである(注3)。こうした状況に対して,上記のギンズバーグ弁護士はトランプ大統領の言説を批判し,「共和党が民主主義の基本原則を傷つけるようなことをしていれば,共和党は今後長い間,ずっと少数党に成り下がることになろう」と書いている。

[注]
  • (1)米国郵政公社は1970年に省庁から独立行政機関に格下げされたが,日本のようにまだ民営化されていない。
  • (2)Republicans have insufficient evidence to call elections ‘rigged’ and ‘fraudulent, Benjamin L. Ginsberg, The Washington Post, Sept.9, 2020.
  • (3)Trump doesn’t need the most votes. What if he doesn’t even want them?, Jamelle Bouie, The New York Times, Aug.4, 2020.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1881.html)

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