世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
幻想からの離脱
(信州大学先鋭研究所特任 教授)
2020.07.20
COVID-19(武漢コロナ)の影響下で既存技術の利用拡大が進展している。ビジネス活動を続けるためにリモートワークやTV会議が突如として重要なビジネス手段に躍り出た。市場展開が燻っている製品が,大規模な自然災害を境に突然メジャーになる例は歴史を省みると度々起こっている。直近では,東日本大震災後にLED照明装置が劇的に普及したことを思い出せば良い。2012年以前にメジャーな市場で見向きもされなかったLEDがあっという間にTVのバックライトの冷陰極管や白熱電球照明を駆逐した。今では,自動車用のヘッドライトに加えてTV用マイクロLEDが登場するまでになっている。この劇的市場変化に比べれば,コロナ禍でStay-Homeのツールになったネット通信は,今迄も徐々に普及していたので市場インパクトは小さかった。しかし,大学のキャンパスやマンションのように,遠隔授業やネットテレビの集中する時間になると,画像がパラパラ漫画になったり音声が途切れるという通信容量不足に悩まされている方々も多いと思う。通信インフラの改善が急務である。
「新生活様式」に伴う消費行動の変化と,それに続く経済のシフトが連日経済報道で議論されている。経済様式の変化は技術のイノベーションを生み出す格好の機会だが,筆者の知る新技術の市場化は別項に譲る。本稿では,コロナ以前から政府や経済・産業界までHypeになっている「蓄電生活」を取り上げたい。
事の起こりは,電池の生産が間に合わないため,2020年6月8日から販売を開始したトヨタRAV4 PHVがわずか3週間で年度内受注を中止したことである。既に,トヨタはEV生産のために,2019年にCALT,東芝等,中国と日本の電池メーカー各社と連携すると発表していたので(日経新聞2019年6月7日),今回の電池不足は少なからず驚きであった(RAV4 PHVの電池はトヨタとパナソニックの共同会社で生産)。RAV4は2019年に96万台あまりで車種別販売世界第4位,オフロードもある程度カバーする人気4輪駆動SUVである。当然,そのPHV派生車は,モーターの最高出力が180馬力以上,電池だけで95km走れるという優れものである。4代目となるプリウスを販売しているトヨタなので,電池の寿命や耐久性も相応のものであろう。自動車用のLiBは電池容量だけではなく放電速度が重要であるが,エンジンを併用するとしてもRAV4 PHVを支えるLiBスペックは相当高いものであることは想像に難くない。
その肝心の電池の生産供給に限界があることがRAV4 PHVの登場で白日の下に晒された。日産のEVリーフは,初代登場前に心配されていた電池供給の課題は幸いにも販売台数伸び悩みで顕在化していなかった。既にいくつか論評が出ているが,今回のRAV4 PHVが示したのは,エンジン車を全面的にEVに置き換えることは,まず不可能という,特に欧州勢にとって不都合な事実である。これは,今更判明したことではなく2000年代から指摘されていたことであり算数で簡単に導き出せることであった。単に,環境フリークや評論家が目をつぶってきたことである。リチウムやコバルトの供給だけではなく,高度な生産技術を要求される自動車用LiB製造能力を一朝一夕に生産拡大することは容易ではない。今回,カルフォルニア州やドイツが目指すゼロ・エミッションをEVだけで行うことは,技術,製造,経済のそれぞれの観点からかなり無理筋ということが一般の人にも分かってしまった。更に,LiB耐用年数は自動車の寿命に比べてかなり短いので,新車だけではなく,交換部品としても今後需要が増大する。そのために,販売した台数の数倍の電池需要が自動的に発生する。今後,EVを推奨する評論家諸氏は,LiB供給の限界を見極めた上で論評しないと信用を失うだろう。
翻って,トヨタが地道に推進している水素FCVは,産業的に合理性があるということになる。ただし,FCVも触媒に使用する貴金属の残存埋蔵量という課題がある。課題はあるが,FCVは都市間輸送や郊外移動として本命となるだろう。
自動車だけでなく,太陽電池や風力発電のような再生可能エネルギーを蓄電してベース電源にするというテーマも,LiBに頼らない方法を確立する必要がある。自動車用LiBの中古品を家庭用太陽光発電の電力貯蔵に使用するという案は,一見合理性を持っているように見えるが,LiBの主要構成元素は自動車向け原料にリサイクルされるので,現実に家庭用という中間使用バリューチェーンの形成見通しは立っていない。むしろ,変電所,工場といった産業用はNGKが実用化しているような大型蓄電池,小規模発電には改良型鉛電池が普及すると考えられる。メディアが囃す技術の影に隠れている,否,メディア評論家が貶す技術に関心を持つことがコロナ後の市場イノベーションになるかもしれない。
コロナ直前まで,温暖化抑制,プラスチック削減,果てはESGと環境対策オンパレードであったが,政治的な活動とは別にいずれも百家争鳴の科学的マターである。ところが,コロナ禍がその心地よい響きの下に隠されていた根本的問題,不都合な事実を引きずり出してしまった。コロナの影響で,今年4月上旬に二酸化炭素排出量が17%減少したこと(Le Quele, C., et al., Nature Climate Change 10, 647-653, 2020)の裏返しとして,主要国の経済成長率は軒並みマイナスで大変苦しい状況であることを鑑みると,パリ協定をそのまま実行したら今年以上に惨憺たる経済状況になることが分かった。加えて,西側先進国が発展途上国へ救いの手を差し伸べる余裕は消えてしまっている。パリ協定を実現したいなら,環境団体の主張や各国の政治的駆け引きではなく,温暖化ガスを削減するための産業経済対策ロードマップを討議して合意すべきであった。COPよりも世銀やOECDが主導する方が良さそうである。
コロナが人類に突きつけたのは,欧州の,特にドイツが中心となって主張する辻褄合わせのような美しく甘い幻想を捨てて現実を見つめよということなのだろう。彼らの理想論は平時のユートピア論であると見せつけられただけでも,災いを転じて福となすことなのかもしれない。
- 筆 者 :鶴岡秀志
- 地 域 :日本
- 分 野 :特設:コロナ関連
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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