世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.553

西のダボス,東の白馬:白馬会議の夢

市川 周

(白馬会議運営委員会 事務局代表)

2015.12.07

 1953年に創刊された『世界経済評論』は発行母体であった世界経済研究協会の解散(15年7月)により本年1/2月号をもって「終刊」となったが,年内に復刊号が再登場することになった。一方,同協会が8年前に創設した白馬会議も協会からスピンアウトした白馬会議運営委員会によって去る11月14−15日,第8回が開催された。このWEBコラム「世界経済評論IMPACT」も含め旧世界経済評論の知的アセットは全て生き残ることになった。「世界経済評論精神」の歴史的使命が未だ終わってないという証左のような気がする。

 さて8回目を迎えた白馬会議だが,今回の参加者数は70名を上回り,その内,東京,関西等からの宿泊参加者は50名を超えた。いずれも「新記録」である。「西のダボス,東の白馬」と勇ましい掛け声で始めた白馬会議ではあったが,三日坊主ならぬ三年坊主で終わってしまうのではないかという不安を引きずりながら,毎回毎回をなんとかこなして来た言いだしっぺの私としては,「白馬会議とは何か?」改めて神妙に問いかけたくなった。

 白馬会議にはいくつか注目すべき特徴がある。先ずは堂々たるニッポン至上主義。過去8回の開催テーマを振り返ると,「2009年の世界と日本の針路」「2010年の世界と日本の針路」「失われた20年を脱却せよ!」「再起動せよニッポン!」「問いつめ直せ!日本の立ち位置」「起死回生!ニッポン」「21世紀世界と日本の挑戦」「“戦後70年”後の日本を問う!」と,「ニッポン」オンパレードだ。これではどう転んでもダボス会議の向こうを張るというノリではない。スイス・ダボス村での会議では欧米を中心に世界各国から2000人以上の産官学のトップリーダーが集まって来て,まさに世界戦略を巡る知的駆け引きを展開するが,白馬会議は何処まで行っても日本人参加者中心の「FOR JAPAN」論議である。

 私は最近,それはそれでいいと考えるようになった。長野県白馬に様々な舞台で活動する「志ある知的日本人」が年1回集まって来て,「世界における日本の針路」について意見をたたかわせる。こういうタッチの知的集まりが毎年,黙々と続けられているケースは国内見渡しても稀有ではないか。それもダボス会議の本場アルプスに負けない「北アルプス」を仰ぎながら議論をするという妙なこだわりを持ってである。

 2つ目の特徴は何か? 過去8回,一度も1泊2日の会議討議を総括するような宣言とかアピールを発表したことがないことだ。会議の総括とか結論は参加者の一人一人が自分自身でつかみ取り,自分たちが日々活動しているそれぞれの現場に持ち帰り実践する。そして1年後,実践を通して生まれて来た課題や問題意識を持って再び白馬を訪れ,新たな討議を通じて自己認識に磨きをかけていく。まさに「知行合一」の世界である。白馬会議は知的徒党を組む場所ではないと思う。勿論,現場での実践においては徒党形成の力学はあるが,白馬会議は自己の行動エネルギーの原点となっている認識や信条を参加者同士の品位ある(?)知的バトルを通じて鍛えあう世界のような気がする。実際のアクションは白馬の山から下りてからやればいい。

 3つ目の特徴は,これまた自己満足的な思い入れとなるが,「知的ダンディズム」の精神である。東京から白馬までの往復交通費と会議参加費を合せるとざっと5~6万円のコストがかかる白馬会議だが,領収証の宛名はほとんどが個人名である。皆さん自腹を切ってやって来るのだ。一日目のオープニングランチから二日目のクロージングランチまで極めて凝縮した時間の中で議論をするために,勿論,シーズンオフ・団体レートでエンジョイさせてもらっているシェラリゾート白馬の豪華ディナーと古民家づくりのかけ流し温泉という楽しみもあるが,わざわざ白馬までやって来る人たちの心意気には「ひとりの知的個人でありたい」というある種のプライドと緊張感が漂って来る。

 第9回目の白馬会議は2016年11月26−27日開催である。一体,いつまで続けるのか白馬会議。とりあえずはシェラリゾート白馬を拠点ホテルとして近隣のホテルと連携,宿泊参加者数が100名を超えるところまでは持っていきたいと考えている。そこまで行けば「白馬会議の夢」が形となって現れて来るのではないかと思っているからである。

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