世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
映画「パラサイト」が語る格差社会の底流に沈潜する不気味なマグマ
(立命館大学 名誉教授)
2020.03.09
韓国映画「パラサイト」がカンヌ映画祭のパルムドールに続いてアメリカのアカデミー作品賞を獲得して,全世界の注目を集めている。ストーリーは,半地下に住む失業中の父親や進学できないでいる息子と娘,そして一人働いて一家を支えている母親の,貧困な一家4人がIT産業によって成功を収めた邸宅に住む富裕な家庭に次々と入り込んでいく物語で,それだけを見ると,一種の小気味よいサクセスストーリーであるかのように見える。だが,ネタバレによる興味半減―それもミステリーによくある犯人探しの類いではなく,物語の本質に関わる部分での―を恐れて口外を封印されている後半における驚天動地ともいえる大逆転の展開にこそ,その本領はある。観客は前半と後半の落差に驚き,その映画作りの巧妙さに感心すると同時に,問題の深刻さに思いを巡らさざるえないことになる。それは決して物語を面白くさせるための手練手管に終わらない。見終わると,韓国社会の目に見える格差ぶりや東西冷戦の暗い影を今も引きずっている現状への共感は無論のこと,後半で描いている目に見えない深い闇の世界の存在に思いを至さざるを得ない。それは脳裏に焼き付き,ずっしりと腹の奥底に沈殿していく。そしてタイトルの「パラサイト」の意味合いを考えてしまう。一体誰が誰に対して「寄生」しているのか。これこそこの映画の本当の主題なのではないか。
かつて,ヴェブレンは「有閑階級」という概念を生み出して,20世紀初頭の金ぴか時代におけるアメリカの新興富裕階級の台頭とその成金趣味の発散を批判的に描いた。そして不労所得に寄生するこれら有閑階級家族の見せかけの顕示的消費や代行消費が蔓延するその生活ぶりと対比させて,モノづくりを基本とする健全な製作者魂(workmanship)を鼓吹した。もちろんそれは知的創造活動を駆使して作り上げた営為からの成果である無形の「グッドウィル」の存在とその価値を否定するものではない。両者はその比較秤量が難しいとはいえ,そして両者の比重如何は社会関係の変化につれて変動するとはいえ,十分に両立可能なものである。まるで現在の消費過多と知財重視の時代を先取りするかのような鋭敏な直感力と創造性豊かな先見性と立論の確かさに瞠目したものである。映画「パラサイト」はそれを彷彿とさせるほどのインパクトを与えた。グローバル世界の至るところに蔓延する富と貧困の格差を端的に可視化してみせたばかりでなく,その底に沈殿して目に見えないでいるさらに深い闇の世界の存在をも表出させ,そこにも思いを至らしめることに成功した。恐るべき手腕である。
ところで,これが新興国の代表的存在の一つである韓国を舞台にしていることについて考えてみたい。グローバリゼーションの進展は先進国のIT化・情報化・知財化を基軸に据えたサービス経済化と,途上国ならびに旧社会主義国の合流を含めた新興国の工業化と急速な経済成長をもたらし,世界的規模での資本と富の蓄積とその対極に貧困の蓄積を生み出した。だが時代の推移は先進国と新興国・途上国の間の急速な格差縮小から両者の平準化をもたらし,加えて主導国アメリカのヘゲモニーの後退は米中間の熾烈な主導権争いを招来させ,グローバリゼーションの進行に急ブレーキをかけている。皮肉なことにそれは,これまでの急成長の担い手であった新興国により大きなしわ寄せが集まり,にわか仕立てのその蓄積基盤の弱さを直撃しているかに見える。外資とその技術に依拠した生産システムとグローバル市場での販売を目論むその戦略が狙い撃ちされている。模倣化による技術習得はキャッチアップには向いていても,そこから自前の技術を確立しようとすると,多くの困難が待ち受けている。韓国の場合,ITなどの先端部門において,欧米巨大メーカーの庇護下で,ニッチな特殊な部品部門を磨き上げて,そのサプライヤーになることで成長していくというという戦略は今や難しくなっている。より精緻な素材類を先進国側,とりわけ日本などが経済制裁を理由に出さなくなってきたからである。デカップリング(切断)されると,中小の部品・中間財部門の裾野を広範に持たないその浅さがネックになり,しかもグローバル市場を当て込んでいるため,たちまち生産過剰に見舞われることになる。加えて,アメリカの同盟国として,その核の傘の下で軍事負担を免れる時代が終わり,アメリカ財政赤字からの軍事的負担増の要請は日ごとに強まり,今やその負担の重さに絶えられないほどにまできている。これらの何重もの重荷が韓国経済を直撃している。このことが韓国社会の背後にあることを考えると,映画「パラサイト」の訴えているものは,今日のグローバリゼーションのマイナス面を集中的に集めているように思えてならない。
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