世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の経済成長(景気)と貿易バランス
(静岡県立大学 名誉教授)
2019.12.02
トランプ政権は対米貿易で大幅な黒字を計上している相手国を標的に攻撃的な通商政策を実行している。さらに減税と連銀(FRB)に対して金融緩和政策を要求し,好景気を維持しようとしている。自分は経済をよく知っていると主張し,世界が羨む高成長を達成していると豪語してきた。しかし,サービス経済化した米国では,景気が好調なほど輸入が増大し貿易バランスの赤字が拡大する。標的とする黒字国を攻撃するのは条理に反する矛盾した行動である。まるで風車を怪物と思って攻撃するドンキホーテのような行為といえよう。
固定為替レート制の時代にストップ・アンド・ゴー政策を思い出してみよう。好景気に輸入が拡大し,外貨準備が減少すると緊縮政策が採用され,収支が安定すると再び拡張政策に戻った。1960年代央まで高成長時代の日本はしばしば国際収支の天井という制約条件で景気を抑制せざるを得なかった。変動相場制の採用以来,金融拡張政策の継続が容易となり成長優先策が採用される傾向が強くなった。
経済成長と貿易収支黒字の拡大が継続するのは特殊な局面である。後発国が輸出市場の拡大を前提に設備能力を拡大し,原材料・中間財の輸入増大を上回る輸出拡大が実現する発展局面である。輸出規模が大きくなると当然,拡大ペースは減速し,所得水準の向上により輸入が増大,黒字幅は縮小する。中国は例外的にこの局面が長期継続したが,貯蓄強制的な投資優遇策の継続,巨大な労働力を利用する外資の輸出生産拠点の増大,米国を先頭に先進国のサービス経済化の急速な進展とアウトソーシングの拡大などの要因が貢献したが既に転機を迎えている。
米国景気を支えているのはIT部門などサービス関連企業の急成長,その研究開発投資,シェール・オイルの開発など新興企業の急成長による株価上昇などの資産効果による部分が大きい。基軸通貨国であるため経常収支の赤字にかかわらず黒字国から資金が流入し,長期に低金利が継続している。GDPの7割を占める消費が成長の柱で,所費財の供給は輸入依存度が非常に高くなっている。その結果,資産効果による景気拡大局面では輸入は成長率以上に増大する。一方で,財の輸出拡大は成長率以下となり,結果として貿易赤字が拡大する。
一度形成された構造は履歴効果として継続する。米国で輸出財を生産する機会は限られており,輸入代替のための投資が継続的に拡大するためには,高関税などの保護政策が長期的に維持されると民間企業が確信する必要がある。また,それには時間を要すると思われるので,景気拡大と貿易赤字はコインの裏と表の関係で一体化している。緊縮政策で財政赤字を大幅に縮小し,大幅増税で消費を抑制すれば赤字は自動的に縮小する。
中国などの黒字国に高関税などの保護政策を採用しても,輸入は減りにくい。他の供給国が出現し,輸入先代替が発生する可能性が高い。既に中国内での賃金コスト上昇圧力で海外移転を考えていた企業は,ベトナム,タイなどに生産拠点を移動させようとする動向が報道されている。1980年代末の日米貿易摩擦の歴史を振り返っても,米国の貿易赤字構造は変わらなかった。日本企業はその後のバブル期の大失敗で失速したが,対米輸出国は大幅に拡大し,米国の貿易赤字も順調に拡大している。それは,米国経済が長期に好況を維持するという,偉大な成果を示しているからである。
トランプ政権は貿易赤字を目の敵としているが,二国間交渉で解決できる問題ではない。また,鉄鋼など特定部門への高関税の賦課という保護政策は価格上昇を招いただけで,対象産業の生産性,競争力の向上とならないのは過去の歴史の教訓であろう。GAFAと言われる米国IT産業などの海外での収益は目を見張るレベルである。貿易財の取引で赤字を計上する米国は,米系企業の海外での販売額,利益額を合算したらバランスが大きく変わるはずである。現状でも米国経済は十分に強大であり,保護政策は必ず報復を招くことになり,強力な米国企業が標的とされる可能性がある。防衛を含めて米国への依存が大きく,要求を受け入れざるを得なかった日本と異なり,中国,EUは対抗しうる力を保有している。
現状では米国の消費財市場で価格上昇はあまりないようであるが,保護政策が継続・拡大すれば必ず影響が出てくる。景気後退局面に入ったら,金融政策によるテコ入れの余地は小さく,大幅な赤字財政を継続しているので国際増発にも制約がある。当面は中国が攻撃対象であるが,思ったような成果を勝ち取れない場合,矛先が他の黒字国に向かう可能性が高い。最も懸念されるのは,世界経済を揺るがす問題が発生した場合,先進国が協調して行動することが困難となっていることだ。自ら覇権国の役割を放棄しようとしているトランプ政権は指導力を発揮しにくと思われる。
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